万葉集 巻第十一 2802〜2807番
念へども 念ひもかねつ
思っても思いきれない、山鳥の尾のように長いこの夜を。里に鳴く鶏が鳴き立てるように激しくは泣かない、隠れ妻は。高山に鶙が渡るように、高々と待つ君を待ち出られるだろうか。伊勢の海から鳴いて来る鶴の声のように、君の声が聞こえるなら恋しくはないのに。妹に恋するからか、沖に住む鴨の浮き寝のように安らかでない。夜が明けそうに千鳥がしきりに鳴く、君の手枕にまだ飽きないのに。鳥に寄せた歌六首。寄物陳思の歌の終わり。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1念念おもへへえどもどもども念友2802
- 2念念おもひひいもももかねかねかねつつつ念毛金津
- 3あしひきあしひきあしひきののの足檜之
- 4山山やま鳥鳥どりののの尾尾をののの山鳥尾之
- 5永永ながきききこここののの夜夜よををを永此夜乎
- 6里里さと中中なかににに里中爾2803
- 7鳴鳴なくくくなるなるなる鷄鷄かけののの鳴奈流鷄之
- 8喚喚よびびび立立たてててててて喚立而
- 9甚甚いたくくくははは鳴鳴なかかかぬぬぬ甚者不鳴
- 10隱隱こもり妻妻づまはははももも隱妻羽毛
- 11高高たか山山やまににに高山爾2804
- 12鶙鶙たかべさささ渡渡わたりりり高部左渡
- 13高高たか高高だかににに高高爾
- 14我我わががが待待まつつつ君君きみををを余待公乎
- 15待待まちちち出出いでででむむんかもかもかも待將出可聞
- 16伊勢伊勢いせののの海海うみゆゆゆ伊勢能海從2805
- 17鳴鳴なききき來來くるるる鶴鶴たずののの鳴來鶴乃
- 18音音おとどろどろどろももも音杼侶毛
- 19君君きみががが聞聞きこさささばばば君之所聞者
- 20吾吾われ戀戀こひひいめめめやややももも吾將戀八方
- 21吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾2806
- 22戀戀こふれふれうれにににかかかあらあらあらむむん戀爾可有牟
- 23沖沖おきににに住住すむむむ奧爾住
- 24鴨鴨かもののの浮浮うき宿宿ねののの鴨之浮宿之
- 25安安やすけくけくけくもももなしなしなし安雲無
- 26明明あけけけぬぬぬべくべくべく可旭2807
- 27千千ち鳥鳥どり數數しば鳴鳴なくくく千鳥數鳴
- 28白白しろたへたへたえののの白細乃
- 29君君きみががが手手た枕枕まくら君之手枕
- 30いまだいまだいまだ厭厭あかかかなくなくなくににに未厭君
現代語訳
〔2802〕思っても、思いきることができない。(あしひきの)山鳥の尾のように長いこの夜を。
〔2803〕里の中で鳴く鶏が鳴き立てるように、声を立てて激しく泣いたりはしない、隠れ妻は。
〔2804〕高い山に鶙が飛び渡るように、高々と首を伸ばして私が待つあなたを、待ち迎えることができるだろうか。
〔2805〕伊勢の海から鳴いて来る鶴の声のように、あなたの声だけでも聞こえるなら、私はこんなに恋しく思うだろうか。
〔2806〕いとしい人に恋しているからだろうか。沖に住む鴨の浮き寝のように、心安らかなこともない。
〔2807〕夜が明けてしまいそうに千鳥がしきりに鳴いている。白妙のあなたの手枕に、まだ飽きたりないのに。
意訳
鳥に寄せた歌で、寄物陳思の結びである。山鳥の尾のように長い夜を思い悩む歌、鶏のように声を立てて泣かない隠れ妻をいとおしむ歌、首を長くして恋人を待つ歌、鶴の声のように恋人の声だけでも聞こえればという願い、鴨の浮き寝のように落ち着かない恋の歌、夜明けを告げる千鳥の声に共寝の名残を惜しむ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 念ひもかねつ
- 思いきれない。
- 喚び立てて
- 鳴き立てて。
- 隱妻
- 「こもりづま」。人目を忍ぶ妻。
- 鶙
- 「たかべ」。小鴨。
- 高高に
- 「たかだかに」。首を長くして待ち望むさま。
- 音どろ
- 声のとどろき。
- 浮宿
- 「うきね」。水鳥が水に浮いて寝ること。
- 數鳴く
- 「しばなく」。しきりに鳴く。
- 厭かなくに
- 飽きたりないのに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2802〜2807番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(鳥に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、鳥の様子から恋のありさまを導く。
- 同音反復
- 2804番の「高山」「鶙」(たかべ)「高高」。
解説
2802番は、人麻呂の作と伝える「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」(2802番の或本の歌)と同じ発想の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、457頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、527頁(コマ27)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日