万葉集 巻第十一 2797〜2801番
住吉の 濱に緣るとふ
住吉の浜に寄るという中身のない空貝のように、実のない言葉で恋などするものか。伊勢の海人が潜って採る鰒の貝のように片思いのまま。人の噂がうるさいので君を、鶉の鳴く古い家で語り合ってから帰した。暁だと鶏が鳴く、ままよ、独り寝の夜は明けるなら明けてもよい。荒磯の渚鳥のように毎朝見たいのに見えない君よ。貝・鶉・鶏・鳥に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1住吉住吉すみのえののの住吉之2797
- 2濱濱はまににに緣緣よるるるとととふふふ濱爾緣云
- 3空石花空石花うつせ貝貝がい打背貝
- 4實實みなきなきなき言言こと以以もちちち實無言以
- 5我我われ戀戀こひひいめめめやややももも余將戀八方
- 6伊勢伊勢いせののの白水郎白水郎あまののの伊勢乃白水郎之2798
- 7朝朝あさ魚魚な夕夕ゆう菜菜なににに朝魚夕菜爾
- 8潛潛かずくくくとととふふふ潛云
- 9鰒鰒あわびののの貝貝かいののの鰒貝之
- 10獨獨かた念念もいにににしししててて獨念荷指天
- 11人人ひと言言ごとををを人事乎2799
- 12繁繁しげみみみととと君君きみををを繁跡君乎
- 13鶉鶉うずら鳴鳴なくくく鶉鳴
- 14人人ひとののの古古ふる家家へににに人之古家爾
- 15語語かたらひらひらいててて遣遣やりりりつつつ相語而遣都
- 16旭時旭時あかときととと旭時等2800
- 17鷄鷄かけははは鳴鳴なくくくなりなりなり鷄鳴成
- 18よしゑやしよしゑやしよしえやし縱惠也思
- 19獨獨ひとり宿宿ぬるるる夜夜よははは獨宿夜者
- 20明明あけけけははは明明あけけけぬぬぬともともとも開者雖明
- 21大大おお海海うみののの大海之2801
- 22荒荒あり磯磯そののの渚渚す鳥鳥どり荒礒之渚鳥
- 23朝朝あさ旦旦なさな朝名旦名
- 24見見みまくまくまく欲欲ほしきしきしきををを見卷欲乎
- 25見見みえええぬぬぬ君君きみかもかもかも不所見公可聞
現代語訳
〔2797〕住吉の浜に寄るという中身のない空貝のように、実のない言葉で、私が恋などするものか。
〔2798〕伊勢の海人が朝夕の食膳のために潜って採るという鰒の貝のように、片思いのままでいて。
〔2799〕人の噂がうるさいので、あなたを、鶉の鳴く人の古い家で語り合ってから帰したことだ。
〔2800〕暁だと鶏が鳴いている。ええままよ、独り寝る夜は、明けるなら明けてしまってもよい。
〔2801〕大海の荒磯の渚鳥のように、毎朝見たいと思うのに、見えないあなたであることよ。
意訳
貝・鶉・鶏・鳥に寄せた歌である。空貝のような実のない言葉では恋をしないという誓い、片貝の鰒のような片思い、噂を恐れて人の古い家で語り合ってから恋人を帰した歌、独り寝の夜なら明けてもかまわないという投げやりな歌、毎朝見たいのに見えない恋人を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 空石花貝
- 「うつせがひ」。中身のない貝殻。
- 實なき言
- 真実のない言葉。
- 朝魚夕菜
- 「あさなゆふな」。朝夕の食膳の菜。
- 鰒
- 「あはび」。あわび。片貝なので片思いのたとえ。
- 鶉鳴く
- 荒れた所の意で「古家」にかかる。
- 旭時
- 「あかとき」。夜明け前。
- 渚鳥
- 「すどり」。州にいる鳥。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2797〜2801番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(貝・鳥に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2797番の上三句が「實なき」を、2798番の上四句が「獨念」を、2801番の上二句が「朝旦」を導く。
- 比喩
- 2798番の鰒の片貝を片思いにたとえる。
解説
2798番の「鰒の貝の片思ひ」は、後世まで「磯の鮑の片思い」として言い習わされた表現の源である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、457頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、526頁(コマ27)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日