万葉集 巻第十一 2792〜2796番
玉の緒の しま心にや
玉の緒のように移ろいやすい心だからか、年月が移り変わるまで妹に逢わずにいるのだろう。玉の緒の間も置かず見たいと思う妹は家が遠い。隠れた沢の水たまりの岩根まで通すように思う、君に逢うことは。紀の国の飽等の浜の忘れ貝のように、私は忘れない、年は経っても。水に潜る玉に混じる磯貝のように、片恋のまま年が過ぎていく。玉の緒・岩・貝に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1玉玉たまののの緒緒をののの玉緒之2792
- 2しましましま心心ごころにににややや島意哉
- 3年年とし月月つきののの年月乃
- 4行行ゆききき易易かわるるるまでまでまで行易及
- 5妹妹いもににに逢逢あははわざらざらざらむむん妹爾不逢將有
- 6玉玉たまののの緒緒をののの玉緒之2793
- 7間間あいだももも置置おかかかずずず間毛不置
- 8見見みまくまくまく欲欲ほりりり欲見
- 9吾吾わががが思思もふふう妹妹いもははは吾思妹者
- 10家家いえ遠遠とおくくく在在ありりりててて家遠在而
- 11隱處隱處こもりづののの隱津之2794
- 12澤澤さわたづみたづみたずみなるなるなる澤立見爾有
- 13石根石根いわねゆゆゆももも石根從毛
- 14通通とおしししててておもふおもふおもう達而念
- 15君君きみににに逢逢あははわまくまくまくははは君爾相卷者
- 16紀紀きののの國國くにののの木國之2795
- 17飽等飽等あくらののの濱濱はまののの飽等濱之
- 18忘忘わすれ貝貝がい忘貝
- 19我我われははは忘忘わすれれれずずず我者不忘
- 20年年としははは經經へれれれどもどもども年者雖歷
- 21水水みず潛潛くくるるる水泳2796
- 22玉玉たまにににまじれまじれまじれるるる玉爾接有
- 23磯磯いそ貝貝がいののの礒貝之
- 24片片かた戀戀こいのみのみのみににに獨戀耳
- 25年年としははは經經へにににつつつつつつ年者經管
現代語訳
〔2792〕玉の緒のように移ろいやすい心だからか、年月が移り変わるまで、いとしい人に逢わずにいるのだろうか。
〔2793〕玉の緒の玉と玉の間のように、間も置かず見たいと私が思ういとしい人は、家が遠くにあって。
〔2794〕隠れた沢の水たまりの岩の根までも通すように、心を通して思う。あなたに逢うことを。
〔2795〕紀の国の飽等の浜の忘れ貝の名とは違って、私は忘れはしない。年は経ったけれど。
〔2796〕水に潜って採る玉に混じっている磯貝のように、片恋のままで、年ばかりが過ぎていくことだ。
意訳
玉の緒・岩・貝に寄せた歌である。移ろいやすい心のために年月が過ぎても恋人に逢えない嘆き、間を置かずに見たい恋人の家が遠いという歌、岩の根まで通すほど深く恋人に逢うことを思う歌、忘れ貝の名とは逆に恋人を忘れないという誓い、片貝のように片恋のまま年が過ぎる嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- しま心
- 移ろいやすい心とも、しっかりした心ともいう。
- 行き易る
- 「ゆきかはる」。移り変わる。
- 隱處
- 「こもりづ」。隠れた所。
- 澤たづみ
- 沢の水たまり。
- 忘貝
- 「わすれがひ」。拾うと恋の苦しみを忘れるという貝。
- 磯貝
- 二枚貝の片方。片恋のたとえ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2792〜2796番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(玉の緒・岩・貝に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2793番の上二句が「間も置かず」を、2795番の上三句が「忘れ」を、2796番の上三句が「片戀」を導く。
- 逆説
- 2795番は「忘貝」を出して、忘れないことを言う。
解説
2795・2796番の忘れ貝と磯貝は、海辺の貝に恋の思いを託した、万葉集に多い発想の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、456頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、526頁(コマ27)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日