万葉集 巻第十一 2782〜2786番
さ寢かにば 誰とも宿めど
共寝しようと思えば誰とでも寝られるが、沖の藻のように靡き寄った君の言葉を待つ私よ。妹が私を思ってくれないなら、つぼみの花が穂に咲くように恋が表に出てしまいそうだ。心の中で恋い死んでも、御苑の鶏冠草の花のように顔に出すものか。咲く花は散る時があるが、私の恋心は止む時がない。山吹のように美しい妹の唐棣色の赤裳の姿が夢に見える。藻・花に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1さささ寢寢ねかかかにににばばば左寐蟹齒2782
- 2誰誰たれとととももも宿宿ねめめめどどど孰共毛宿常
- 3沖沖おきつつつ藻藻もののの奧藻之
- 4靡靡なびきききししし君君きみががが名延之君之
- 5言言こと待待まつつつ吾吾われををを言待吾乎
- 6吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之2783
- 7いかにいかにいかにともともとも吾吾あををを奈何跡裳吾
- 8思思おもははわねねねばばば不思者
- 9含含ふふめめめるるる花花はなののの含花之
- 10穗穗ほににに咲咲さきききぬぬぬべしべしべし穗應咲
- 11隱隱こもりりりにににははは隱庭2784
- 12戀戀こひひいててて死死しぬぬぬともともとも戀而死鞆
- 13御御み苑苑その生生ふののの三苑原之
- 14鷄冠草鷄冠草からあいののの花花はなののの鷄冠草花乃
- 15色色いろににに出出いでででめめめやややももも色二出目八方
- 16咲咲さくくく花花はなははは開花者2785
- 17過過すぐるぐるぐる時時ときあれあれあれどどど雖過時有
- 18我我わががが戀戀こふるふるうる我戀流
- 19心心こころののの中中うちははは心中者
- 20止止やむむむ時時ときもももなしなしなし止時毛梨
- 21山山やま吹吹ぶきののの山振之2786
- 22にほへにほへにおえるるる妹妹いもががが爾保敝流妹之
- 23唐棣花唐棣花はねず色色いろののの翼酢色乃
- 24赤赤あか裳裳ものののすがたすがたすがた赤裳之爲形
- 25夢夢いめににに見見みえええつつつつつつ夢所見管
現代語訳
〔2782〕共寝しようと思えば、誰とでも寝ることはできるけれど、沖の藻のように私に靡き寄ったあなたの言葉を、待っている私なのだ。
〔2783〕いとしい人が私をどうとも思ってくれないので、つぼみの花が穂に咲き出すように、恋が表に出てしまいそうだ。
〔2784〕心の中で恋い死にしようとも、御苑に生える鶏冠草の花の色のように、顔色に出したりするものか。
〔2785〕咲く花は盛りを過ぎる時があるけれど、私の恋い慕う心の中は、止む時もない。
〔2786〕山吹の花のように美しく照り映えるいとしい人の、唐棣色の赤裳の姿が、夢に見え続けることだ。
意訳
藻と花に寄せた歌である。誰とでも寝られるが、靡き寄った恋人の言葉だけを待つという女の歌、相手が思ってくれないので恋が表に出てしまいそうだという歌、恋い死んでも顔色には出すまいという誓い、花は散っても恋心は止まないという歌、山吹のように美しい恋人の赤裳の姿を夢に見る歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- さ寢かにば
- 共寝しようと思えば。
- 含める花
- つぼみの花。
- 穗に咲き
- 表に現れること。
- 御苑生
- 「みそのふ」。庭園。
- 鷄冠草
- 「からあゐ」。けいとう。紅の染料にした。
- 唐棣花色
- 「はねずいろ」。淡い紅色。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2782〜2786番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(藻・花に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2782番の第三句が「靡き」を、2784番の第三・四句が「色」を導く。
- 対照
- 2785番は、時が過ぎれば散る花と、止む時のない恋を対比する。
解説
2786番は、山吹の黄と唐棣の紅という色彩の対比が鮮やかな、華やかな夢の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、456頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、525頁(コマ26)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日