万葉集 巻第十一 2777〜2781番
疊薦 へだて編む數
畳薦を編む目の数ほど通ったなら、道の芝草も生えなかっただろうに。水底の玉藻が表に出ないように、ままよ、この頃はこうしてひそかに通おう。沖の縄苔が靡くように、心もしなえて思われる。名高の浦の靡く藻のように、心は妹に寄ってしまった。海の底深く生える藻のように、今こそ恋はどうしようもない。薦・藻に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1疊疊たたみ薦薦こも疊薦2777
- 2へだてへだてへだて編編あむむむ數數かず隔編數
- 3通通かよははわさささばばば通者
- 4道道みちのののしばしばしば草草くさ道之柴草
- 5生生おひひいざらざらざらましましましををを不生有申尾
- 6水水みな底底そこににに水底爾2778
- 7生生おふるふるうる玉玉たま藻藻もののの生玉藻之
- 8生生おひひい出出いでででずずず生不出
- 9縱縱よししし此此この頃頃ごろははは縱比者
- 10斯斯かくくくててて通通かよははわむむん如是而將通
- 11海海うな原原ばらののの海原之2779
- 12沖沖おきつつつ繩繩なわ苔苔のり奧津繩乘
- 13うちうちうち靡靡なびききき打靡
- 14心心こころももも萎萎しぬぬぬににに心裳四怒爾
- 15おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念鴨
- 16紫紫むら草草さきののの紫之2780
- 17名高名高なたかののの浦浦うらののの名高乃浦之
- 18靡靡なびき藻藻もののの靡藻之
- 19心心こころははは妹妹いもににに情者妹爾
- 20依依よりりりにににしししものものものををを因西鬼乎
- 21海海わたののの底底そこ海底2781
- 22沖沖おきををを深深ふかめめめててて奧乎深目手
- 23生生おふるふるうる藻藻もののの生藻之
- 24最最もとももも今今いまこそこそこそ最今社
- 25戀戀こいはははすべすべすべなきなきなき戀者爲便無寸
現代語訳
〔2777〕畳薦を編む目の数ほども通っていたなら、道の芝草も生えなかっただろうに。
〔2778〕水底に生える玉藻が表に生え出ないように、ままよ、この頃はこうしてひそかに通おう。
〔2779〕海原の沖の縄苔がなびくように、心もしなえて、あなたのことが思われることだ。
〔2780〕(紫草の)名高の浦のなびく藻のように、心はいとしい人に寄ってしまったのに。
〔2781〕(海の底)沖深く生える藻のように、もっとも今こそ、恋は苦しくてどうしようもない。
意訳
薦と藻に寄せた歌である。畳薦の編み目の数ほど通えば道に草も生えないのにと、訪れの少ない恋人を恨む歌、水底の玉藻のように人目につかずひそかに通おうという歌、縄苔がなびくように心もしなえる恋、浦の藻がなびくように恋人に心が寄ってしまった歌、海の底深い藻のように今こそ恋が苦しいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 疊薦
- 「たたみこも」。畳にする薦。「へだて編む」を導く。
- 生ひざらましを
- 生えなかっただろうに。
- 縱し
- 「よし」。ままよ。
- 繩苔
- 「なはのり」。縄のように長い海藻。
- 萎ぬに
- 「しぬに」。しなえて、しおれて。
- 最も
- 「もとも」。もっとも。
- 海の底
- 「沖」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2777〜2781番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(薦・藻に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2778番の上二句が「生ひ出でず」を、2779・2780番の上三句が「靡き」「依り」を、2781番の上三句が「最も」を導く。
解説
2777番は、道に草が生えるほど訪れの絶えた恋人を、畳薦の編み目にたとえて恨む機知のある歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、455頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、525頁(コマ26)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日