万葉集 巻第十一 2766〜2770番
三島江の 入江の薦を
三島江の入江の薦を刈るように、かりそめに私を君は思っていたのだ。山橘の色のように顔に出して恋い死にしようとも、人目をはばかるな。葦鶴の騒ぐ入江の白菅のように、人に知られるためか噂がうるさい。背子を恋う思いは、夏草を刈り払ってもまた生い茂るようだ。道のほとりの柴原のように、いつもいつも人が許すのを待とう。草・木に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1三島三島みしま江江えののの三島江之2766
- 2入入いり江江えののの薦薦こもををを入江之薦乎
- 3かりかりかりにににこそこそこそ苅爾社
- 4吾吾われをををばばば君君きみははは吾乎婆公者
- 5おもひおもひおもいたりたりたりけれけれけれ念有來
- 6あしひきあしひきあしひきののの足引乃2767
- 7山山やま橘橘たちばなののの山橘之
- 8色色いろににに出出いでででててて色出而
- 9吾吾わははは戀戀こひひいなむなむなんををを吾戀南雄
- 10人人ひと目目めかたみかたみかたみすすすななな人目難爲名
- 11葦葦あし鶴鶴たずののの葦多頭乃2768
- 12騷騷さわぐぐぐ入入いり江江えののの颯入江乃
- 13白白しら菅菅すげののの白菅乃
- 14知知しららられれれむむん爲爲ためととと知爲等
- 15言言こち痛痛たかるかるかるかもかもかも乞痛鴨
- 16吾吾わが背背せ子子こににに吾背子爾2769
- 17吾吾わががが戀戀こふふうらくらくらくははは吾戀良久者
- 18夏夏なつ草草くさののの夏草之
- 19苅苅かりりり除除そくれくれくれどもどもども苅除十方
- 20生生おひひい及及しくくく如如ごとししし生及如
- 21道道みちののの邊邊べののの道邊乃2770
- 22いつしばいつしばいつしば原原はらののの五柴原能
- 23いつもいつもいつもいつもいつもいつも何時毛何時毛
- 24人人ひとののの許許ゆるさささむむん人之將縱
- 25ことことことをををししし待待またたたむむん言乎思將待
現代語訳
〔2766〕三島江の入江の薦を刈るように、かりそめに、私をあなたは思っていたのだったなあ。
〔2767〕(あしひきの)山橘の実の色のように、顔に出して私は恋い死にしようとも、人目をはばかったりなさるな。
〔2768〕葦鶴の騒ぐ入江の白菅のように、人に知られようとしてか、噂がうるさいことだ。
〔2769〕あなたを私が恋い慕う思いは、夏草を刈り払っても、また生い茂ってくるようなものだ。
〔2770〕道のほとりのいつしば原の名のように、いつもいつも、人が許してくれることを待とう。
意訳
草と木に寄せた歌である。薦を刈るようにかりそめに思われていたと知った嘆き、山橘の色のようにはっきり恋を表しても人目を恐れるなという歌、白菅の「しら」にかけて噂がうるさい嘆き、刈っても生い茂る夏草のように尽きない恋、いつしば原の名にかけていつまでも許しを待とうという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- かりにこそ
- 「刈り」と「仮」を掛ける。かりそめに。
- 人目かたみすな
- 人目を気にしてはばかるな。
- 言痛かる
- 「こちたかる」。うるさい、噂が激しい。
- 生ひ及く
- 「おひしく」。生えて追いつく、また生い茂る。
- いつしば原
- 盛んに茂る柴の原。「いつも」を導く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2766〜2770番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(草・木に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 掛詞
- 2766番の「かり」は「刈り」と「仮」を掛ける。
- 序詞
- 各首の上句が、草や木から「かり」「色」「知ら」「いつ」を導く。
解説
2769番は、刈っても刈っても生えてくる夏草に、断ち切れない恋心をたとえた力強い歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、454頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、524頁(コマ26)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日