万葉集 巻第十一 2762〜2765番
蘆垣の 中の似兒草
蘆垣の中のにこ草のように、にこやかに私と笑って人に知られないで。浅葉の野に刈る草の束のような短い間も私を忘れないで。妹のために命を残している、思い乱れて死ぬはずなのに。妹を恋い続けるくらいなら、苅薦のように思い乱れて死んでしまえばよいのに。草・薦に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1蘆蘆あし垣垣がきののの蘆垣之2762
- 2中中なかののの似兒草似兒草にこぐさ中之似兒草
- 3莞爾莞爾にこよかににに爾故余漢
- 4我我われととと咲咲えままましししててて我共咲爲而
- 5人人ひとににに知知しらゆらゆらゆななな人爾所知名
- 6くれなゐくれなゐくれないののの紅之2763
- 7淺淺あさ葉葉はののの野野ぬらららににに淺葉乃野良爾
- 8苅苅かるるる草草くさののの苅草乃
- 9束束つかののの間間あいだももも束之間毛
- 10吾吾わををを忘忘わすらららすすすななな吾忘渚菜
- 11妹妹いもがががためためため爲妹2764
- 12壽壽いのち遺遺のこせせせりりり壽遺在
- 13苅苅かり薦薦こもののの苅薦之
- 14思思おもひひいみだれみだれみだれててて念亂而
- 15死死しぬぬぬべきべきべきものものものををを應死物乎
- 16吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹子爾2765
- 17戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 18苅苅かり薦薦こもののの苅薦之
- 19思思おもひひいみだれみだれみだれててて思亂而
- 20死死しぬぬぬべきべきべきものものものををを可死鬼乎
現代語訳
〔2762〕蘆垣の中のにこ草のように、にこやかに私とほほえみ合って、人に知られないでください。
〔2763〕(くれなゐの)浅葉の野に刈る草の一束の、ほんの短い間も、私を忘れないでください。
〔2764〕いとしい人のために命を残している。(苅薦の)思い乱れて死んでしまうはずだったのに。
〔2765〕いとしい人を恋い続けているよりは、(苅薦の)思い乱れて死んでしまう方がよいのに。
意訳
草と薦に寄せた歌である。にこ草のようににこやかにほほえみ合っても人に知られないでという願い、刈る草の一束ほどの短い間も忘れないでという歌、思い乱れて死ぬはずの命を恋人のために残しているという歌、恋い続けるよりは思い乱れて死んでしまいたいという歌が並ぶ。最後の二首は下句を同じくする。
語釈・文法注
文法・本文
- 似兒草
- 「にこぐさ」。やわらかい草。「にこよか」を導く。
- 莞爾に
- 「にこよかに」。にこやかに。
- 淺葉の野ら
- 所在未詳の地名。
- 束の間
- 一握りの束ほどの短い間。
- 苅薦の
- 刈った薦が乱れる意で「思ひみだれ」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2762〜2765番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(草・薦に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2762番の上二句が「莞爾」を、2763番の上三句が「束の間」を導く。
- 類歌
- 2764・2765番は下三句が同じである。
解説
2763番の「束の間」は、刈った草の一束を握る手の幅ほどの短さを表し、現代語の「つかの間」の語源とされる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、454頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、523頁(コマ25)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日