万葉集 巻第十一 2752〜2756番
吾妹子を 聞き都賀野邊の
都賀野のしなやかな合歓木のように、私は忍びきれない、絶え間なく思うので。波間から見える小島の浜久木のように久しくなった、君に逢わずに。閏八河のほとりの小竹の芽のように、忍んで寝ると夢に見えた。浅茅原に仮の標を刺すように、空言でも私と噂された君の言葉を待とう。月草のようにはかない命の人なのに、どうして後に逢おうと言うのか。木・草に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1吾吾わぎ妹妹も子子こををを吾妹兒乎2752
- 2聞聞きききき都賀都賀つが野野ぬ邊邊べののの聞都賀野邊能
- 3しなひしなひしない合歡木合歡木ねぶ靡合歡木
- 4吾吾あははは隱隱しぬびびび得得えずずず吾者隱不得
- 5間間ま無無なくくくししし念念おもへへえばばば間無念者
- 6浪浪なみののの間間まゆゆゆ浪間從2753
- 7見見みゆるゆるゆる小小こ島島じまののの所見小島之
- 8濱濱はま久木久木ひさぎ濱久木
- 9久久ひさしくしくしくなりなりなりぬぬぬ久成奴
- 10君君きみににに逢逢あははわずずずしししててて君爾不相四手
- 11朝朝あさ柏柏がしわ朝柏2754
- 12閏八閏八うるや河河かわ邊邊べののの閏八河邊之
- 13小竹小竹しぬののの芽芽めののの小竹之眼笑
- 14思思しぬびびびててて宿宿ぬれれればばば思而宿者
- 15夢夢いめににに見見みえええけりけりけり夢所見來
- 16淺淺あさ茅茅じ原原はら淺茅原2755
- 17假假かり標標しめさしさしさしててて刈標刺而
- 18空空むな言言ことももも空事文
- 19よそりよそりよそりししし君君きみががが所緣之君之
- 20辭辭ことをををししし待待またたたむむん辭鴛鴦將待
- 21鴨頭草鴨頭草つきくさののの月草之2756
- 22假假かりなるなるなる命命いのち借有命
- 23なるなるなる人人ひとををを在人乎
- 24いかにいかにいかに知知しりりりてててかかか何知而鹿
- 25後後のちももも逢逢あははわむむんとととふふふ後毛將相云
現代語訳
〔2752〕(吾妹子を)聞き都賀野のほとりのしなやかな合歓木のように、私は忍びきれない。絶え間なく思っているので。
〔2753〕波の間から見える小島の浜久木の名のように、久しくなってしまった。あなたに逢わないままで。
〔2754〕(朝柏)閏八河のほとりの小竹の芽のように、忍んで寝ると、夢にあなたが見えたことだ。
〔2755〕浅茅原に仮の標を刺すように、根も葉もない噂でも私と関係づけられたあなたの、言葉を待とう。
〔2756〕月草のように、はかない命の人であるのに、どうして先のことを知って、後にも逢おうと言うのか。
意訳
木と草に寄せた歌である。しなやかな合歓木のように忍ぶ心も持ちこたえられない歌、浜久木の名にかけて逢わずに久しくなった嘆き、小竹の芽のように忍んで寝ると恋人が夢に見えた歌、空言でも噂に寄せられた恋人の言葉を待つ歌、月草のようにはかない人の命なのに後に逢おうという恋人に不安を訴える歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 吾妹子を
- 「聞き」にかかり、「都賀」を導く枕詞的な句。
- 合歡木
- 「ねぶ」。ねむの木。
- 隱び得ず
- 「しぬびえず」。忍びきれない。
- 濱久木
- 「はまひさぎ」。浜辺の久木。「久し」を導く。
- 朝柏
- 「閏八河」にかかる枕詞。
- 假標
- 「かりしめ」。仮に占有のしるしとして刺す標。
- 鴨頭草
- 「つきくさ」。露草。色があせやすく、はかないもののたとえ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2752〜2756番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(木・草に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、木や草から「隱び」「久し」「思び」「空言」「假なる」を導く。
解説
2756番は、露草のようにはかない人の命を思い、先の約束を信じきれない心を詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、454頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、522頁(コマ25)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日