万葉集 巻第十一 2743〜2747番
なかなかに 君に戀ひずは
なまじ君に恋しているくらいなら、比良の浦の海人になって玉藻を刈っていればよかった。鱸を捕る海人の漁火のように、よそにさえ見たことのない人を恋しく思うこの頃。湊に入る葦分け小舟のように差し障りが多くて、思う君に逢えない頃だ。沖へ漕ぎ出る海人舟の梶を取る手のように絶え間ない恋をする。塩津を目指して漕ぐ船のように名を明かしたのに、逢わずにいられようか。海人・舟に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1なかなかなかなかなかなかににに中中二2743
- 2君君きみににに戀戀こひひいずずずははは君二不戀者
- 3比良比良ひらののの浦浦うらののの枚浦乃
- 4白水郎白水郎あまならならならましましましををを白水郎有申尾
- 5玉玉たま藻藻も刈刈かりりりつつつつつつ玉藻刈管
- 6鱸鱸すずき取取とるるる鈴寸取2744
- 7海人海人あまのののともしともしともし火火び海部之燭火
- 8外外よそにににだにだにだに外谷
- 9見見みぬぬぬ人人ひとゆゑゆゑゆえににに不見人故
- 10戀戀こふるふるうる此此こののの頃頃ごろ戀比日
- 11湊湊みなと入入いりりりののの湊入之2745
- 12葦葦あしわけわけわけ小小お舟舟ぶね葦別小舟
- 13障障さわり多多おおみみみ障多見
- 14吾吾わががが念念おもふふう君君きみににに吾念公爾
- 15逢逢あははわぬぬぬ頃頃ころかもかもかも不相頃者鴨
- 16庭庭には淨淨きよみみみ庭淨2746
- 17沖沖おきへへへ榜榜こぎぎぎ出出づるるる奧方榜出
- 18海士海士あま舟舟ぶねののの海舟乃
- 19梶梶かじ執執とるるる間間ま無無なききき執梶間無
- 20戀戀こいをををするするするかもかもかも戀爲鴨
- 21味鎌味鎌あじかまののの味鎌之2747
- 22鹽津鹽津しおつををを指指さしししててて鹽津乎射而
- 23榜榜こぐぐぐ船船ふねののの水手船之
- 24名名なははは告告のりりりてててしししををを名者謂手師乎
- 25逢逢あははわざらざらざらめめめやややももも不相將有八方
現代語訳
〔2743〕なまじあなたに恋い焦がれているよりは、比良の浦の海人になっていればよかったのに。玉藻を刈りながら。
〔2744〕鱸を捕る海人の漁火のように、よそながらにさえ見たことのない人のために、恋しく思うこの頃であることだ。
〔2745〕湊に入る葦分け小舟のように、差し障りが多くて、私が思うあなたに逢えないこの頃であることだ。
〔2746〕海面が穏やかなので沖へ漕ぎ出る海人の舟が梶を取る手を休めないように、絶え間ない恋をすることだ。
〔2747〕味鎌の塩津を目指して漕ぐ船のように、ひたすらあなたを目指して名を明かしたのに、逢わずにいられようか。
意訳
海人と舟に寄せた歌である。恋に苦しむよりは無心に玉藻を刈る海人になりたいという歌、漁火を遠くから眺めるように見たこともない人に恋する歌、葦の間を進む小舟のように差し障りが多くて逢えない嘆き、休みなく梶を操る海人のように絶え間ない恋、名を明かしたのだから必ず逢えるはずだという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- なかなかに
- なまじっか、かえって。
- 比良の浦
- 近江の琵琶湖西岸。
- 外にだに
- よそながらにさえ。
- 葦わけ小舟
- 葦の茂みをかき分けて進む小舟。
- 庭淨み
- 「にはきよみ」。海面が穏やかなので。
- 味鎌の鹽津
- 近江の塩津とも、所在未詳とも。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2743〜2747番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(海人・舟に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2744番の上二句が「外」を、2745番の上二句が「障」を、2746番の上四句が「間無き」を、2747番の上三句が「名」を導く。
解説
2745番の「湊入りの葦わけ小舟」は、恋の妨げの多さを表す比喩として後世にも愛用された。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、453頁(コマ19)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、522頁(コマ25)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日