万葉集 巻第十一 2725〜2730番
白細砂 三津の黃土の
三津の黄土のように色には出して言わないだけだ、私の恋は。風の吹かない浦に波が立つように、無い噂を立てられたのか、逢ってもいないのに。菅島の夏身の浦に寄せる波のように、間を置いて思うことはないのに。近江の沖つ島山のように奥深く思う妹の噂がうるさい。遠津大浦に寄せる波のように、噂に寄せられても憎くはない。名高の浦に寄せる波の音のように噂が高い、逢ってもいない子のために。浦の波に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1白細砂白細砂しらまなご白細砂2725
- 2三津三津みつののの黃土黃土はにうののの三津之黃土
- 3色色いろににに出出いでででててて色出而
- 4云云いははわなくなくなくのみのみのみぞぞぞ不云耳衣
- 5我我わががが戀戀こふふうらくらくらくははは我戀樂者
- 6風風かぜ吹吹ふかかかぬぬぬ風不吹2726
- 7浦浦うらににに浪浪なみ立立たつつつ浦爾浪立
- 8無無なききき名名なををを無名乎
- 9吾吾われははは負負おへへえるるるかかか吾者負香
- 10逢逢あふふうとととはははなしなしなしににに逢者無二
- 11菅菅すが島島しまののの酢蛾島之2727
- 12夏身夏身なつみののの浦浦うらににに夏身乃浦爾
- 13寄寄よするするする浪浪なみ依浪
- 14間間あいだももも置置おきききててて間文置
- 15吾吾わががが念念おもははわなくなくなくににに吾不念君
- 16淡海淡海おうみののの海海うみ淡海之海2728
- 17おきおきおきつつつ島島しま山山やま奧津島山
- 18おくおくおくまへまへまえててて奧間經而
- 19我我わががが念念おもふふう妹妹いもががが我念妹之
- 20言言ことののの繁繁しげけくけくけく言繁苦
- 21霰霰あられ降降ふりりり霰零2729
- 22遠津遠津とおつ大浦大浦おおうらににに遠津大浦爾
- 23寄寄よするするする浪浪なみ緣浪
- 24よしよしよしももも寄寄よすすすともともとも縱毛依十方
- 25憎憎にくからからからなくなくなくににに憎不有君
- 26紀紀きののの海海うみののの木海之2730
- 27名高名高なたかののの浦浦うらににに名高之浦爾
- 28寄寄よするするする浪浪なみ依浪
- 29音音おと高高たかきききかもかもかも音高鳧
- 30逢逢あははわぬぬぬ子子こゆゑゆゑゆえににに不相子故爾
現代語訳
〔2725〕(白細砂)三津の黄土の色のように、顔色に出して口に出さないだけなのだ。私の恋しく思う気持ちは。
〔2726〕風も吹かない浦に波が立つように、ありもしない噂を私は立てられたのだろうか。逢ってもいないのに。
〔2727〕菅島の夏身の浦に寄せる波のように、間を置いて私が思うことなどないのに。
〔2728〕近江の海の沖の島山のように、心の奥深く大切に思っているいとしい人の、噂がうるさいことだ。
〔2729〕(霰降り)遠津大浦に寄せる波のように、ままよ、噂で私と関係づけられても、憎くはないのに。
〔2730〕紀の海の名高の浦に寄せる波の音のように、噂ばかりが高いことだ。逢ってもいない子のために。
意訳
浦の波に寄せた歌である。黄土の色のように顔には出しても口には出さない恋、風のない浦に立つ波のように逢ってもいないのに立った噂、絶え間なく寄せる波のように絶えず思う心、奥深く思う恋人の噂がうるさい嘆き、噂で関係づけられても恋人なら憎くないという歌、逢ってもいない娘のために噂ばかりが高い嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 白細砂
- 「しらまなご」。白い細かい砂。「三津」にかかる枕詞とも。
- 黃土
- 「はにふ」。黄色い粘土。染料に用いた。
- 無き名
- 根も葉もない噂。
- おくまへて
- 心の奥深く思って。
- 霰降り
- 霰の音から「遠津」(とほ)にかかる枕詞。
- 名高の浦
- 紀伊の地名。「名」が高い意を掛ける。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2725〜2730番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(浦の波に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、浦や波の様子から恋や噂のありさまを導く。
- 掛詞
- 2730番の「名高」と、噂が「高き」。
解説
寄せては返す波は、絶え間ない恋心や、立ち騒ぐ噂のたとえとして、万葉集の恋歌にしばしば用いられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、452頁(コマ19)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、520頁(コマ24)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日