万葉集 巻第十一 2720〜2724番
水鳥の 鴨の住む池の
鴨の住む池に下樋がないように、心が晴れなかった君に今日逢えた。井堤のしがらみが薄いからか、恋に淀んでいる私の心は。和射見野に私は入ったと妹に告げてほしい。名を惜しむので埋もれ木のように心の中で恋う、行く末も知らずに。千江の浦の木屑のように心は寄った、後のことは知らないが。池・井堤・野・木・浦に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1水水みず鳥鳥どりののの水鳥乃2720
- 2鴨鴨かもののの住住すむむむ池池いけののの鴨之住池之
- 3下下した樋樋ひ無無なみみみ下樋無
- 4欝悒欝悒いぶせききき君君きみををを欝悒君
- 5今日今日きょう見見みつるつるつるかもかもかも今日見鶴鴨
- 6玉玉たま藻藻も刈刈かるるる玉藻刈2721
- 7井提井提いでののの笧笧しがらみ井提乃四賀良美
- 8薄薄うすみみみかもかもかも薄可毛
- 9戀戀こいののの淀淀よどめめめるるる戀乃余杼女留
- 10吾吾わがががこころこころこころかもかもかも吾情可聞
- 11吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之2722
- 12笠笠かさののの借借かり手手てののの笠乃借手乃
- 13和和わ蹔蹔ざみ野野ぬににに和射見野爾
- 14吾吾われははは入入いりりりぬぬぬととと吾者入跡
- 15妹妹いもににに告告つげげげこそこそこそ妹爾告乞
- 16數多數多あまたあらあらあらぬぬぬ數多不有2723
- 17名名なをををしもしもしも惜惜おしみしみしみ名乎霜惜三
- 18埋埋うもれ木木ぎののの埋木之
- 19下下したゆゆゆぞぞぞ戀戀こふるふるうる下從其戀
- 20行行ゆく方方へ知知しらららずずずててて去方不知而
- 21秋秋あき風風かぜののの冷風之2724
- 22千江千江ちえののの浦浦うら回回みののの千江之浦回乃
- 23木木こ積積ずみなすなすなす木積成
- 24心心こころははは依依よりりりぬぬぬ心者依
- 25後後のちははは知知しらららねねねどどど後者雖不知
現代語訳
〔2720〕水鳥の鴨の住む池に水を落とす下樋がないように、心の晴れない思いをしていたあなたに、今日逢えたことだ。
〔2721〕玉藻を刈る井堤のしがらみが薄いからだろうか。恋に淀んでいる私の心は。
〔2722〕いとしい人の笠の借手の輪のように、和射見野に私は入ったと、いとしい人に告げておくれ。
〔2723〕多くもない名を惜しんで、埋もれ木のように、心の中でひそかに恋い慕っている。行く末もわからずに。
〔2724〕秋風の吹く千江の浦の木屑のように、心は寄ってしまった。後のことはわからないけれど。
意訳
池・井堤・野・木・浦に寄せた歌である。下樋のない池のように晴れない思いをしていた恋人にやっと逢えた歌、しがらみが薄いからか恋に淀む心、旅の途中で和射見野に入ったと恋人に伝えてほしいという歌、名を惜しんで埋もれ木のようにひそかに恋う歌、木屑が浦に寄るように心が寄った歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 下樋
- 「したひ」。地中に埋めて水を通す樋。
- 欝悒き
- 「いぶせき」。心が晴れない。
- 借手
- 「かりて」。笠の内側の輪。「わ」を導く。
- 和蹔野
- 「わざみぬ」。美濃の関ヶ原付近の地名。
- 埋木
- 「うもれぎ」。土に埋もれた木。
- 木積
- 「こづみ」。浜に打ち寄せられた木屑。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2720〜2724番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(池・井堤・野・木・浦に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2720番の上三句が「欝悒き」を、2722番の上二句が「和蹔野」を、2723番の第三句が「下」を、2724番の上三句が「依り」を導く。
解説
2722番は、旅の途中で国境の野に入ったことを恋人に伝えてほしいと願う、旅の恋の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、451頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、520頁(コマ24)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日