万葉集 巻第十一 2703〜2708番
眞薦刈る 大野川原の
大野川原の水に隠れるように忍んで恋してきた妹の紐を、今私は解く。山の下を響かせて流れる水のように絶え間なく恋い続ける。逢わない君のために、むなしく川の瀬で玉裳を濡らした。泊瀬川の早瀬の水をすくい上げて、飽きないかと妹に問うた君よ。石垣沼の水に隠れるように恋い続けるのか、逢う手立てがないので。猪名山に響いて流れる水のように、名ばかり噂された隠れ妻よ。川・沼に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1眞眞ま薦薦こも刈刈かるるる眞薦刈2703
- 2大野大野おおぬ川川かわ原原らののの大野川原之
- 3水水み隱隱ごもりりりににに水隱
- 4戀戀こひひい來來こししし妹妹いもががが戀來之妹之
- 5紐紐ひも解解とくくく吾吾われははは紐解吾者
- 6あしひきあしひきあしひきののの惡氷木之2704
- 7山山やま下下した動動とよみみみ山下動
- 8逝逝ゆくくく水水みずののの逝水之
- 9時時ときととともももなくなくなくももも時友無雲
- 10戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀度鴨
- 11愛愛はしきしきしきやしやしやし愛八師2705
- 12逢逢あははわぬぬぬ君君きみゆゑゆゑゆえ不相君故
- 13徒徒いたずらららににに徒爾
- 14此此こののの川川かはののの瀨瀨せににに此川瀨爾
- 15玉玉たま裳裳もぬらしぬらしぬらしつつつ玉裳沾津
- 16泊瀨泊瀨はつせ川川がわ泊湍川2706
- 17速速はやみみみ早早はや瀨瀨せををを速見早湍乎
- 18掬掬むすびびび上上あげげげててて結上而
- 19飽飽あかかかずずずややや妹妹いもととと不飽八妹登
- 20問問とひひいししし君君きみはははももも問師公羽裳
- 21青青あお山山やまののの青山之2707
- 22石石いわ垣垣がき沼沼ぬまののの石垣沼間乃
- 23水水み隱隱ごもりりりににに水隱爾
- 24戀戀こひひいややや渡渡わたらららむむん戀哉度
- 25逢逢あふふう緣緣よしををを無無なみみみ相緣乎無
- 26しながしながしなが鳥鳥どり四長鳥2708
- 27猪名猪名いな山山やま響響とよににに居名山響爾
- 28行行ゆくくく水水みずののの行水乃
- 29名名なのみのみのみ緣緣よそりそりそりししし名耳所緣之
- 30內內こもり妻妻づまはははももも內妻波母
現代語訳
〔2703〕真薦を刈る大野の川原の、水に隠れるように人目を忍んで恋してきた、いとしい人の紐を解くことだ、私は。
〔2704〕(あしひきの)山の下を響かせて流れて行く水のように、いつと定めもなく、恋い続けることだ。
〔2705〕ああ、逢ってもくれないあなたのために、むなしく、この川の瀬で玉裳を濡らしてしまった。
〔2706〕泊瀬川の流れの速い早瀬の水を手ですくい上げて、飽きることはないかと私に問うたあなたよ。
〔2707〕青山の石垣沼の水に隠れるように、人知れず恋い続けるのだろうか。逢う手立てもないので。
〔2708〕(しなが鳥)猪名山に響いて流れて行く水のように、名ばかりが噂に寄せられた隠れ妻よ。
意訳
川と沼に寄せた歌である。人目を忍んで恋してきた恋人とついに結ばれる歌、山の下を流れる水のように絶え間なく恋い続ける歌、逢ってくれない男のために川を渡って裳を濡らした女の歌、早瀬の水をすくって飽きないかと問うた恋人を思い出す歌、沼の水のように人知れず恋い続ける歌、名ばかり噂されて逢えない隠れ妻を嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 水隱りに
- 「みごもりに」。水に隠れるように、人目を忍んで。
- 山下動み
- 山の下を響かせて。
- 徒らに
- 「いたづらに」。むなしく。
- 掬び上げて
- 「むすびあげて」。手ですくい上げて。
- しなが鳥
- 「猪名」にかかる枕詞。
- 內妻
- 「こもりづま」。人目を忍ぶ妻。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2703〜2708番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(川・沼に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2703・2707番の上三句が「水隱り」の状態を、2704番の上三句が「時ともなく」を、2708番の上三句が「名」を導く。
- 枕詞
- 「あしひきの」「しなが鳥」を用いる。
解説
2706番は、泊瀬川の早瀬で水をすくい上げて恋人に問いかける男の姿が、さわやかに描かれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、450頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、518頁(コマ23)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日