万葉集 巻第十一 2698〜2702番
往きて見て 來れば戀しき
行って逢って帰って来ると恋しい、朝香潟の山を越えた所に置いて来て眠れない。安太人が魚梁を渡す瀬が速いように、心では思うが直接逢えない。石垣淵の奥深くに伏して死んでも、あなたの名は明かすまい。明日香川を明日も渡ろう、遠ざかる心は思わない。飛鳥川の水が増すように恋が増したら生きていられまい。山・川・淵に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1往往ゆきききててて見見みててて往而見而2698
- 2來來くれれればばば戀戀こいしきしきしき來戀敷
- 3朝香朝香あさか潟潟がた朝香方
- 4山山やま越越ごしししににに置置おきききててて山越置代
- 5宿宿いねねねがてがてがてぬぬぬかもかもかも宿不勝鴨
- 6安太安太あだ人人ひとののの安太人乃2699
- 7魚梁魚梁やなうちうちうち渡渡わたすすす八名打度
- 8瀨瀨せをををはやはやはやみみみ瀨速
- 9意意こころははは念念おもへへえどどど意者雖念
- 10直直ただににに逢逢あははわぬぬぬかもかもかも直不相鴨
- 11玉玉たま耀耀かぎるるる玉蜻2700
- 12石石いわ垣垣がき淵淵ぶちののの石垣淵之
- 13隱隱こもりにににははは隱庭
- 14伏伏ふしししもももちちち死死しなななむむん伏以死
- 15汝汝なががが名名なははは告告のらららじじじ汝名羽不謂
- 16明日香明日香あすか川川がわ明日香川2701
- 17明日明日あすももも渡渡わたらららむむん明日文將渡
- 18石石いわ走走ばしりりり石走
- 19遠遠とおききき心心こころははは遠心者
- 20思思おもほえほえおえぬぬぬかもかもかも不思鴨
- 21飛鳥飛鳥あすか川川がわ飛鳥川2702
- 22水水みず往往ゆききき增增まさりりり水往增
- 23いやいやいや日日ひ日日けににに彌日異
- 24戀戀こいののの增增まさらららばばば戀乃增者
- 25在在ありりりかつかつかつましじましじましじ在勝申自
現代語訳
〔2698〕行って逢って帰って来ると恋しいことだ。朝香潟の山の向こうに置いて来て、眠れないことよ。
〔2699〕安太の人が魚梁を仕掛け渡す瀬の流れが速いように、心では思っているけれど、じかには逢えないことだ。
〔2700〕(玉耀る)石垣淵の奥深くに伏して死んでも、あなたの名は明かすまい。
〔2701〕明日香川を明日も渡ろう。(石走り)遠ざかる心などは思いもしない。
〔2702〕飛鳥川の水かさが増すように、いよいよ日ごとに恋しさが増したら、とても生きてはいられないだろう。
意訳
山・川・淵に寄せた歌である。逢って帰ると山の向こうに残した恋人が恋しくて眠れない歌、魚梁を渡す速い瀬のように逢うのを妨げられる歌、淵の底に伏して死んでも恋人の名は明かさないという誓い、明日も明日香川を渡って逢いに行こうという歌、川の水かさのように恋が増せば生きていられないという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝香潟
- 所在未詳。
- 安太人
- 大和の阿陀(五條市)の人。鵜飼いや漁で知られた。
- 魚梁
- 「やな」。川の瀬に仕掛けて魚をとる装置。
- 玉耀る
- 「たまかぎる」。「石垣淵」にかかる枕詞。
- 伏しもち死なむ
- 伏したまま死のうとも。
- 在りかつましじ
- 生きていられないだろう。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2698〜2702番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(山・川・淵に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2699番の上三句が「はやみ」を、2701番の上句が「明日」を、2702番の上二句が「增らば」を導く。
- 同音反復
- 2701番の「明日香川明日も」。
解説
2701番は「明日香」と「明日」を重ねた軽快な調べの歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、450頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、518頁(コマ23)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日