万葉集 巻第十一 2690〜2693番
白細布の 吾が衣手に
袖に露が置いても妹は逢ってくれず、ためらっている。あれこれ思うまい、露のようにはかない身は君の心のままに。夕べの霜が置いた、朝帰りにひどく踏んで人に知られるな。こんなに恋い続けるより、毎日妹が踏む土になりたい。露・霜・土に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1白細布白細布しろたえののの白細布乃2690
- 2吾吾わががが衣衣ころも手手でににに吾袖爾
- 3露露つゆははは置置おききき露者置
- 4妹妹いもははは逢逢あははわさささずずず妹者不相
- 5たゆたひたゆたひたゆたいにににしししててて猶預四手
- 6彼彼かににに此此かくににに云云2691
- 7物物ものははは念念おもははわじじじ物者不念
- 8朝朝あさ露露つゆののの朝露之
- 9吾吾わががが身身み一一ひとつつつははは吾身一者
- 10君君きみがががまにまにまにまにまにまに君之隨意
- 11夕夕ゆう凝凝こりののの夕凝2692
- 12霜霜しも置置おきききにににけりけりけり霜置來
- 13朝朝あさ戸戸と出出でににに朝戶出爾
- 14甚甚いたく踐踐ふみみみててて甚踐而
- 15人人ひとににに知知しらゆらゆらゆななな人爾所知名
- 16斯斯かくくくばかりばかりばかり如是許2693
- 17戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 18朝朝あさににに日日けににに朝爾日爾
- 19妹妹いもががが履履ふむむむらむらむらん妹之將履
- 20地地つちならならならましましましををを地爾有申尾
現代語訳
〔2690〕白妙の私の袖に露が置いて、いとしい人は逢ってくれずに、ためらってばかりいて。
〔2691〕あれこれと物は思うまい。朝露のようにはかない私の身一つは、あなたの思うままに。
〔2692〕夕べに凝った霜が置いたことだ。朝帰りに、ひどく踏み荒らして、人に知られないでください。
〔2693〕これほど恋い続けているよりは、朝ごと日ごとにいとしい人が踏むであろう土であったらよいのに。
意訳
露・霜・土に寄せた歌である。露に濡れて待っても恋人がためらって逢ってくれない歌、朝露のようなはかない身をすべて恋人にゆだねる女の歌、霜の朝に帰る恋人に足跡を残して人に知られないでと頼む歌、恋に苦しむよりも恋人が毎日踏む土になりたいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- たゆたひにして
- ためらっていて。白文は「猶預」と書く。
- 彼に此に
- 「かにかくに」。あれこれと。
- 夕凝
- 「ゆふこり」。夕方に凝り固まった霜。
- 朝戸出
- 「あさとで」。朝、戸を出て帰ること。
- 朝に日に
- 「あさにけに」。朝も昼も、いつも。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2690〜2693番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(露・霜・土に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2691番の「朝露の」が「吾が身」のはかなさを表す。
- 誇張
- 2693番の、恋人の踏む土になりたいという表現。
解説
2693番は、恋人に踏まれる土になりたいという奇抜な発想で、恋の激しさを表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、449頁(コマ17)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、516頁(コマ22)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日