万葉集 巻第十一 2671〜2674番
この夜の 在明月夜
今夜の有明の月のように、ありつつも君をおいて待つ人はいない。この山の嶺に近いと見た月のように、空に浮いたような恋をする。夜空を渡る月が移っていったら、ますます妹を恋い続けるだろう。朽網山に夕方かかる雲が薄れて行ったら、私は恋しく思うだろう、君に逢いたくて。月と雲に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1こここののの夜夜よののの今夜之2671
- 2在在あり明明あけ月月つく夜夜よ在開月夜
- 3在在ありりりつつつつつつももも在乍文
- 4君君きみをををおきおきおきてててははは公乎置者
- 5待待まつつつ人人ひとももも無無なししし待人無
- 6此此こののの山山やまののの此山之2672
- 7嶺嶺みねににに近近ちかしししととと嶺爾近跡
- 8吾吾わががが見見みつるつるつる吾見鶴
- 9月月つきののの空空そらなるなるなる月之空有
- 10戀戀こいもももするするするかもかもかも戀毛爲鴨
- 11ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉乃2673
- 12夜夜よ渡渡わたるるる月月つきののの夜渡月之
- 13移移ゆつりりりなばなばなば湯移去者
- 14更更さらにににややや妹妹いもににに更哉妹爾
- 15吾吾わががが戀戀こひひい居居おらららむむん吾戀將居
- 16朽網朽網くたみ山山やま朽網山2674
- 17夕夕ゆう居居いるるる雲雲くもののの夕居雲
- 18薄薄うすれれれ往往ゆかかかばばば薄往者
- 19我我われははは戀戀こひひいむむんななな余者將戀名
- 20君君きみががが目目めををを欲欲ほりりり公之目乎欲
現代語訳
〔2671〕今夜の有明の月のように、こうしてずっと待ち続けていても、あなたのほかに待つ人はいない。
〔2672〕この山の嶺に近いと私が見た月のように、空に浮いたような、心もとない恋をすることだ。
〔2673〕(ぬばたまの)夜空を渡る月が移っていってしまったら、さらにいっそう、いとしい人を私は恋い続けることだろう。
〔2674〕朽網山に夕方かかっている雲が薄れて消えて行ったなら、私は恋しく思うだろう。あなたに逢いたくて。
意訳
月と雲に寄せた歌である。有明の月のように待ち続けてもあなたのほかに待つ人はいないという誓い、山の端の月のように空に浮いた心もとない恋、夜空を渡る月が沈めばいっそう恋しくなるという歌、山にかかる雲が消えたら恋人が恋しくなるだろうという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 在明月夜
- 「ありあけつくよ」。夜明けになっても空に残る月。
- 在りつつも
- こうして待ち続けていても。
- 空なる
- 心が上の空で落ち着かない。
- 朽網山
- 「くたみやま」。豊後の地名かという。
- 夕居る雲
- 夕方に山にかかっている雲。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2671〜2674番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(月・雲に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2671番の上二句が「在り」を、2672番の上四句が「空なる」を、2674番の上三句が「薄れ往かば」を導く。
- 枕詞
- 2673番の「ぬばたまの」が「夜」にかかる。
解説
2672番は、山の端の月の「空」と、上の空の恋の「空」を重ねた巧みな序詞の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、448頁(コマ17)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、515頁(コマ21)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日