万葉集 巻第十一 2647〜2650番
横雲の 空ゆ延き越し
横雲のように遠く離れているからこそ便りが途絶えるのだ、絶えたのかと問うのか。あれこれ物は思わない、飛驒の匠の墨縄のようにただ一筋に。山田の番の翁の蚊遣り火のように、心の中でくすぶって恋い続ける。板の継ぎ目が合わないなら、どうするつもりで共寝を始めたのか。雲・墨縄・蚊遣り火・板に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1横横よこ雲雲ぐもののの東細布2647
- 2空空そらゆゆゆ延延ひききき越越こししし從空延越
- 3遠遠とおみみみこそこそこそ遠見社
- 4目目め言言こと疎疎うとからからからめめめ目言踈良米
- 5絕絕たゆゆゆととと問問とはははすすすややや絕跡問也
- 6彼彼かににに此此かくににに云云2648
- 7物物ものははは念念おもははわずずず物者不念
- 8飛驒飛驒ひだ人人びとののの斐太人乃
- 9打打うつつつ墨墨すみ繩繩なわののの打墨繩之
- 10ただただただ一一ひと道道みちににに直一道二
- 11あしひきあしひきあしひきののの足日木之2649
- 12山山やま田田だ守守もるるる翁翁おじががが山田守翁
- 13置置おくくく蚊蚊か火火びののの置蚊火之
- 14下下した焦焦こがれれれのみのみのみ下粉枯耳
- 15我我わががが戀戀こひひい居居おらららくくく余戀居久
- 16そきそきそき板板いた以以もちちち十寸板持2650
- 17葺葺ふけけけるるる板板いた目目めののの蓋流板目乃
- 18あはあはあわせせせずずずははは不令相者
- 19如何如何いかにににせせせむむんとととかかか如何爲跡可
- 20吾吾わががが宿宿ね始始そめめめけむけむけん吾宿始兼
現代語訳
〔2647〕横雲が空を延びて山を越えて行くように、遠く離れているからこそ便りも途絶えがちなのだ。それを、仲が絶えたのかとお尋ねになるのか。
〔2648〕あれこれと物は思わない。飛驒の匠が打つ墨縄のように、ただ一筋に思うばかりだ。
〔2649〕(あしひきの)山田の番をする翁が置く蚊遣り火のように、心の中でくすぶってばかり、私は恋い続けていることだ。
〔2650〕そぎ板で葺いた屋根の板目が合わないように、逢ってくれないのなら、どうするつもりで私と共寝を始めたのだろう。
意訳
雲・墨縄・蚊遣り火・板に寄せた歌である。遠く離れているから便りが途絶えるだけなのに、仲が絶えたのかと問う恋人への弁明、飛驒の匠の墨縄のようにただ一筋に思う誓い、山田の番小屋の蚊遣り火のように心の中でくすぶる恋、板目が合わないように逢ってくれないなら、なぜ共寝を始めたのかとなじる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 横雲
- 白文は「東細布」と書く。横にたなびく雲。
- 目言
- 「めこと」。逢って言葉を交わすこと。
- 彼に此に
- 「かにかくに」。あれこれと。白文は「云云」と書く。
- 飛驒人
- 飛驒の匠。木工にすぐれた。
- 墨繩
- 材木にまっすぐな線を引く道具。
- 蚊火
- 「かび」。蚊遣り火。
- 下焦れ
- 「したこがれ」。心の中で恋い焦がれること。
- そき板
- 屋根を葺く薄い板。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2647〜2650番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(雲・墨縄・蚊遣り火・板に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2647番の上二句、2648番の第三・四句、2649番の上三句、2650番の上二句が、それぞれ下の句を導く。
- 掛詞
- 2649番の「下焦れ」は、蚊遣り火がくすぶることと恋に焦がれることを掛ける。
解説
2648番の飛驒人の墨縄は、ひたむきな恋心を職人の技にたとえた印象的な比喩である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、446頁(コマ16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、513頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日