万葉集 巻第十一 2642〜2646番
燈の かげに耀ふ
灯火の光に輝いていた妹の笑顔が面影に見える。道を歩き疲れて稲莚を敷くように、しきりに君に逢うすべがあればよい。小墾田の板田の橋が壊れたら桁を伝ってでも行こう、恋しがるな吾妹。宮材を引く泉の杣の民のように休む時もなく恋い続ける。住吉の網の浮子のように浮かれて行こうか、恋い続けているよりは。燈火・莚・橋・杣・網に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1燈燈ともしびののの燈之2642
- 2かげかげかげににに耀耀かがよふふう陰爾蚊蛾欲布
- 3現身現身うつせみののの虛蟬之
- 4妹妹いもががが咲咲えまいししし妹蛾咲狀思
- 5おもかげおもかげおもかげににに見見みゆゆゆ面影爾所見
- 6玉玉たま桙桙ほこののの玉戈之2643
- 7道道みち行行ゆききき疲疲つかれれれ道行疲
- 8稻稻いな莚莚むしろ伊奈武思侶
- 9しきしきしきてててももも君君きみををを敷而毛君乎
- 10見見みむむむよしよしよしもももがががももも將見因母鴨
- 11小小お墾墾はり田田だののの小墾田之2644
- 12板板いた田田だののの橋橋はしののの板田乃橋之
- 13壞壞こおれれれなばなばなば壞者
- 14桁桁けたよりよりより行行ゆかかかむむん從桁將去
- 15ななな戀戀こひひいそそそ吾吾わぎ妹妹も莫戀吾妹
- 16宮宮みや材材ぎ引引ひくくく宮材引2645
- 17泉泉いずみののの杣杣そまににに泉之追馬喚犬二
- 18立立たつつつ民民たみののの立民乃
- 19息息いこふふう時時とき無無なくくく息時無
- 20戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀渡可聞
- 21住吉住吉すみのえののの住吉乃2646
- 22津津つ守守もり網網あ引引びきののの津守網引之
- 23泛子泛子うけののの緒緒をののの浮笑緖乃
- 24浮浮うかれれれかかか行行ゆかかかむむん得干蚊將去
- 25戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀管不有者
現代語訳
〔2642〕灯火の光に輝いていた、(現身の)いとしい人の笑顔が、面影に見えることだ。
〔2643〕(玉桙の)道を歩き疲れて稲莚を敷くように、しきりにあなたに逢う手立てがあればよいのに。
〔2644〕小墾田の板田の橋が壊れたなら、桁を伝ってでも行こう。恋しがらないでおくれ、いとしい人よ。
〔2645〕宮殿の材木を引く泉の杣山に働く民が休む時もないように、休む間もなく恋い続けることだ。
〔2646〕住吉の津守の網引きの浮子の緒のように、心が浮かれて、どこかへ行ってしまおうか。恋い続けているよりは。
意訳
燈火・莚・橋・杣・網などに寄せた歌である。灯火に照らされた恋人の笑顔を思い出す歌、稲莚を敷くようにしきりに逢いたいという願い、橋が壊れても桁を伝って逢いに行くから恋しがるなという男の歌、泉の杣で休みなく働く民のように恋い続ける歌、網の浮子のように浮かれてさまよい出ようかという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 耀ふ
- 「かがよふ」。きらきらと輝く。
- 咲
- 「ゑまひ」。笑顔。
- 稻莚
- 「いなむしろ」。稲わらの莚。「敷く」にかかる。
- 小墾田
- 「をはりだ」。飛鳥の地名。
- 杣
- 「そま」。材木を切り出す山。白文は「追馬喚犬」(そ・ま)と書く戯書。
- 泛子
- 「うけ」。網の浮き。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2642〜2646番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(燈火・莚・橋・杣・網に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2643番の上三句が「しき」を、2645番の上三句が「息ふ時無く」を、2646番の上三句が「浮れ」を導く。
- 戯書
- 2645番は「杣」を、馬を追う声「そ」と犬を呼ぶ声「ま」で「追馬喚犬」と書く。
解説
2642番の灯火に照らされた笑顔は、夜の逢瀬の記憶を印象深くとどめている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、446頁(コマ16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、513頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日