万葉集 巻第十一 2637〜2641番
うちはなひ 鼻をぞ嚔つる
くしゃみが出た、剣のように身に添う妹が私を思っているらしい。腹野で鷹狩をする君の弓弦のように、絶えようと思うものか。葛城の襲津彦の弓の荒木のように、頼りにして君は私の名を明かしたのか。来ないなら来ない、来るなら来ればよいのに。時守の打ち鳴らす鼓を数えると約束の時になったのに、逢えないのが不思議だ。剣・弓・鼓に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1うちうちうちはなひはなひはない哂2637
- 2鼻鼻はなをををぞぞぞ嚔嚔ひつるつるつる鼻乎曾嚔鶴
- 3劒劒つるぎだちだちだち劒刀
- 4身身みににに副副そふふう妹妹いもががが身副妹之
- 5思思おもひひいけらしけらしけらしももも思來下
- 6梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2638
- 7末末すえののの腹腹はら野野ぬににに末之腹野爾
- 8鳥鳥と獵獵がりするするする鷹田爲
- 9君君きみががが弓弓ゆ弦弦づるののの君之弓食之
- 10絕絕たえええむむんととと念念おもへへえややや將絕跡念甕屋
- 11葛城葛城かつらぎののの葛木之2639
- 12襲襲そ津津つ彦彦ひこ眞眞ま弓弓ゆみ其津彦眞弓
- 13荒荒あら木木きにににももも荒木爾毛
- 14憑憑たのめめめややや君君きみががが憑也君之
- 15吾吾わががが名名な告告のりりりけむけむけん吾之名告兼
- 16梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2640
- 17引引ひきききみみみ弛弛ゆるべべべみみみ引見弛見
- 18來來こずずずははは來來こずずず不來者不來
- 19來來こばばば來來こそそそ其其そををを何何なぞぞぞ來者其其乎奈何
- 20來來こずずずははは來來こばばば其其そををを不來者來者其乎
- 21時時とき守守もりののの時守之2641
- 22打打うちちち鳴鳴なすすす鼓鼓つづみ打鳴鼓
- 23數數よみみみ見見みれれればばば數見者
- 24時時ときにににはははなりなりなりぬぬぬ辰爾波成
- 25逢逢あははわなくなくなくももも恠恠あやししし不相毛恠
現代語訳
〔2637〕くしゃみが出て鼻をひったことだ。(剣太刀)身に添ういとしい人が、私を思っているらしい。
〔2638〕(梓弓)末の腹野で鷹狩をするあなたの弓弦のように、二人の仲が絶えようなどと思うだろうか。
〔2639〕葛城の襲津彦の真弓の荒木のように、頼みに思ったからか、あなたは私の名を人に明かしたのだろうか。
〔2640〕(梓弓)引いたりゆるめたりするように、来ないなら来ない、来るなら来る、それをどうして。来ないのか来るのか、それを。
〔2641〕時守が打ち鳴らす鼓の数を数えてみると、約束の時刻にはなった。それなのに逢えないのが不審だ。
意訳
剣・弓・鼓に寄せた歌である。くしゃみを恋人に思われているしるしとする歌、鷹狩の弓弦のように仲が絶えることはないという誓い、名高い襲津彦の弓のように頼みにして名を明かしたのかとなじる歌、来るのか来ないのかはっきりしない男に苛立つ女の歌、時守の鼓で約束の時刻を知りながら来ない恋人を待つ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- うちはなひ
- くしゃみをして。
- 嚔つる
- 「ひつる」。くしゃみをした。人に思われるしるしとされた。
- 鳥獵
- 「とがり」。鷹狩。
- 襲津彦
- 葛城襲津彦。古代の豪族で、弓の名手の伝承がある。
- 引きみ弛べみ
- 引いたりゆるめたり。
- 時守
- 「ときもり」。時刻を知らせる役人。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2637〜2641番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(剣・弓・鼓に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2638番の上三句が「絶え」を、2640番の「梓弓引きみ弛べみ」が来る来ないの迷いを導く。
- 反復
- 2640番は「來」を重ねて、男の煮え切らなさを責める。
解説
2640番は「來」の字をくり返す早口言葉のような歌で、来るのか来ないのかはっきりしない男への苛立ちがよく出ている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、446頁(コマ16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、512頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日