万葉集 巻第十一 2633〜2636番
まそ鏡 手に取り持ちて
鏡を手に取り持って毎朝見る時でさえ恋しさはつのるだろうか。里が遠いので恋い侘びた、面影が去らず夢に見えてほしい。剣を身に帯びる丈夫も、恋には耐えられないだろう。剣の諸刃の上に身を触れて死んでしまおうか、恋い続けているよりは。鏡と剣に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1まそまそまそ鏡鏡かがみ眞十鏡2633
- 2手手てににに取取とりりり持持もちちちててて手取持手
- 3朝朝あさ旦旦なさな朝旦
- 4見見みむむむ時時ときさへさへさへややや將見時禁屋
- 5戀戀こいののの繁繁しげけけけむむん戀之將繁
- 6里里さと遠遠とおみみみ里遠2634
- 7戀戀こひひい侘侘わびびびにににけりけりけり戀和備爾家里
- 8まそまそまそ鏡鏡かがみ眞十鏡
- 9面面おも影影かげ去去さらららずずず面影不去
- 10夢夢いめににに見見みえええこそこそこそ夢所見社
- 11劍劍つるぎ刀刀たち劒刀2635
- 12身身みににに佩佩はききき副副そふるふるうる身爾佩副流
- 13丈夫丈夫ますらおややや大夫也
- 14戀戀こいとととふふふものものものををを戀云物乎
- 15忍忍しのびびびかねかねかねてててむむん忍金手武
- 16劍刀劍刀たち劒刀2636
- 17諸諸もろ刃刃はののの上上うえににに諸刃之於荷
- 18行行ゆききき觸觸ふりりりててて去觸而
- 19所殺所殺しにかもかもかもしししなむなむなん所殺鴨將死
- 20戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀管不有者
現代語訳
〔2633〕まそ鏡を手に取り持って毎朝見るように、いつも逢えるようになった時でさえ、恋しさはつのるのだろうか。
〔2634〕里が遠いので、恋い侘びてしまった。(まそ鏡)面影が離れずに、夢に見えてほしい。
〔2635〕剣太刀を身に帯びる立派な男子でも、恋というものには耐えきれないのだろうか。
〔2636〕剣太刀の諸刃の上に行き触れて、死んでしまおうか。恋い続けているよりは。
意訳
鏡と剣に寄せた歌である。鏡を毎朝見るように恋人といつも逢えるようになっても恋しさは増すだろうかという歌、遠い里の恋人の面影が夢に見えてほしいという願い、剣を帯びる丈夫も恋には耐えきれないという嘆き、恋に苦しむよりは剣の刃に触れて死んでしまおうかという激しい歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝旦
- 「あさなさな」。毎朝。
- 見む時さへや
- 逢える時でさえも。
- 恋ひ侘び
- 恋に思い悩む。
- 佩き副ふる
- 身に帯び添える。
- 所殺かもしなむ
- 「しにかもしなむ」。死んでしまおうか。
- 戀ひつつあらずは
- 恋い続けているよりは。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2633〜2636番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(鏡・剣に寄せる)。作者未詳。2634番は人麻呂歌集の歌の異伝。
修辞
- 枕詞
- 「まそ鏡」を用いる。
- 誇張
- 2636番の、剣の刃に触れて死のうという表現。
解説
2635・2636番は剣太刀に寄せた歌で、武具を持ち出して丈夫の恋の激しさを表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、445頁(コマ15)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、512頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日