万葉集 巻第十一 2629〜2632番
逢はずとも 吾は怨みじ
逢えなくても恨むまい、この枕を私と思って抱いて寝てください。結んだ紐を解く日が遠いので、木の枕には苔が生えた。黒髪を敷いて長い夜を手枕の上で妹は待っているだろうか。直接妹に逢わなければ恋は止むまい、年は経っても。枕と鏡に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1逢逢あははわずずずともともとも不相友2629
- 2吾吾われははは怨怨うらみみみじじじ吾波不怨
- 3此此こののの枕枕まくら此枕
- 4吾吾われととと思思おもひひいててて吾等念而
- 5纏纏まきききてててさささ寢寢ねままませせせ枕手左宿座
- 6結結ゆへへえるるる紐紐ひも結紐2630
- 7解解とかかかんんん日日ひ遠遠とおみみみ解日遠
- 8敷敷しき妙妙たえののの敷細
- 9吾吾わががが木木こ枕枕まくらははは吾木枕
- 10蘿蘿こけ生生むしししにににけりけりけり蘿生來
- 11ぬばたまぬばたまぬばたまののの夜干玉之2631
- 12黑黑くろ髮髮かみ敷敷しきききててて黑髮色天
- 13長長ながききき夜夜よををを長夜叫
- 14手手た枕枕まくらののの上上へににに手枕之上爾
- 15妹妹いも待待まつつつらむらむらんかかか妹待覽蚊
- 16まそまそまそ鏡鏡かがみ眞素鏡2632
- 17直直ただにににししし妹妹いもををを直二四妹乎
- 18相相あい見見みずずずははは不相見者
- 19我我わががが戀戀こい止止やまままじじじ我戀不止
- 20年年としははは經經へぬぬぬともともとも年者雖經
現代語訳
〔2629〕逢えなくても、私は恨みはしない。この枕を私だと思って、抱いてお休みください。
〔2630〕結んだ紐を解く日が遠いので、(敷妙の)私の木の枕には苔が生えてしまったことだ。
〔2631〕(ぬばたまの)黒髪を敷いて、長い夜を、手枕の上でいとしい人は待っているだろうか。
〔2632〕(まそ鏡)じかにいとしい人に逢わないなら、私の恋は止むまい。たとえ年は過ぎても。
意訳
枕と鏡に寄せた歌である。逢えなくても恨まない、この枕を私と思って寝てほしいという女の歌、共寝する日が遠いので木枕に苔が生えたという誇張、黒髪を敷いて長い夜を待つ恋人を思う歌、じかに逢わなければ年が過ぎても恋は止まないという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- さ寢ませ
- お休みください。
- 解かん日遠み
- 紐を解いて共寝する日が遠いので。
- 蘿生しにけり
- 「こけむしにけり」。苔が生えてしまった。
- まそ鏡
- 「見る」「直に」などにかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2629〜2632番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(枕・鏡に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 誇張
- 2630番の、木枕に苔が生えるという表現。
- 枕詞
- 「敷妙の」「ぬばたまの」「まそ鏡」を用いる。
解説
2629番は、自分の代わりに枕を贈る女心を素直に詠んだ歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、445頁(コマ15)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、512頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日