万葉集 巻第十一 2619〜2622番
朝影に 吾が身は成りぬ
韓衣の裾が合わないように逢えないまま久しいので、朝の影のようにやせ細った。解いた衣のように思い乱れて恋うても、誰のためかと問う人もない。摺り衣を着た夢を見た、現実には誰の噂がうるさく立つのか。志賀の海人の塩焼き衣のように馴れても、恋というものは忘れられない。人麻呂歌集以外の寄物陳思の歌の始まり。
場面イラスト(準備中)
題詞物に寄せて思を陳ぶ
- 1朝朝あさ影影かげににに朝影爾2619
- 2吾吾わががが身身みははは成成なりりりぬぬぬ吾身者成
- 3韓韓から衣衣ごろも辛衣
- 4裾裾すそののの合合あははわずずずててて襴之不相而
- 5久久ひさしくしくしくなれなれなればばば久成者
- 6解解とき衣衣ぎぬののの解衣之2620
- 7思思おもひひい亂亂みだれれれててて思亂而
- 8戀戀こふれふれうれどもどもども雖戀
- 9何何なぞぞぞ汝汝なががが故故ゆえととと何如汝之故跡
- 10問問とふふう人人ひともももなしなしなし問人毛無
- 11摺摺すり衣衣ごろも摺衣2621
- 12著著けりりりととと夢夢いめ見見みつつつ著有跡夢見津
- 13うつつうつつうつつにににははは寤者
- 14誰誰たしししののの人人ひとののの孰人之
- 15言言ことかかか繁繁しげけけけむむん言可將繁
- 16志賀志賀しかののの白水郎白水郎あまののの志賀乃白水郎之2622
- 17鹽鹽しお燒燒やき衣衣ごろも鹽燒衣
- 18穢穢なれれれぬれぬれぬれどどど雖穢
- 19戀戀こいとととふふふものものものははは戀云物者
- 20忘忘わすれれれかねかねかねつつつももも忘金津毛
現代語訳
〔2619〕朝の影のように、私の身はやせ細ってしまった。韓衣の裾が合わないように、逢わないまま久しくなったので。
〔2620〕(解衣の)思い乱れて恋い慕っているけれど、どうしてか、誰のためかと問うてくれる人もいない。
〔2621〕摺り衣を着ている夢を見た。現実には、誰との噂がうるさく立つのだろうか。
〔2622〕志賀の海人の塩焼き衣が着古されてよれよれになるように、馴れ親しんだけれど、恋というものは忘れられないことだ。
意訳
ここから人麻呂歌集以外の寄物陳思の歌になる。逢えずにやせ細った身を韓衣の合わない裾にたとえる歌、ほどいた衣のように乱れる恋心を誰も気にかけてくれない嘆き、摺り衣を着た夢を噂の立つ前兆とする歌、塩焼き衣が着古されるように馴れ親しんでも恋は忘れられないという歌が並ぶ。いずれも衣に寄せた歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝影
- 朝日に映る細長い影。やせ細った姿のたとえ。
- 韓衣
- 大陸風の衣。裾が合わないことから「合はず」を導く。
- 解衣の
- 「ときぎぬの」。ほどいた衣のように乱れる意で「思ひ亂れ」にかかる。
- 著り
- 「けり」。着ている。
- 誰しの人
- 「たしのひと」。誰という人。
- 穢れ
- 「なれ」。着古されて、また、馴れ親しんで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2619〜2622番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(衣に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2619番の「韓衣」が「裾の合はず」を、2622番の「志賀の白水郎の鹽燒衣」が「穢れ」を導く。
- 掛詞
- 2622番の「なれ」は、衣が着古される「萎れ」と、馴れ親しむ「馴れ」を掛ける。
解説
寄物陳思の歌は、衣・玉・山・川・草木など、寄せる物の種類ごとにまとめて並べられている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、444頁(コマ15)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、511頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日