万葉集 巻第十一 2611〜2614番
今更に 君が手枕
今さら君の手枕をして寝られようか、私の紐の緒がむやみに解けるけれど。白妙の袖を触れ合った夜から、背子への恋は止む時がない。夕占にも占いにも吉と出た今夜さえ来ない君を、いつと待とう。眉をかいて心ひそかに不思議に思っていたら、昔なじみの人に逢えた。正述心緒の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1今今いま更更さらににに今更2611
- 2君君きみががが手手た枕枕まくら君之手枕
- 3纏纏まききき宿宿ねめめめややや卷宿米也
- 4吾吾わががが紐紐ひもののの緒緒をののの吾紐緖乃
- 5解解とけけけつつつつつつもとなもとなもとな解都追本名
- 6白細布白細布しろたえののの白細布乃2612
- 7袖袖そでををを觸觸ふれれれてててよよよ袖觸而夜
- 8吾吾わが背背せ子子こににに吾背子爾
- 9吾吾わががが戀戀こふふうらくらくらくははは吾戀落波
- 10止止やむむむ時時ときもももなしなしなし止時裳無
- 11夕夕ゆう卜卜けにににももも夕卜爾毛2613
- 12占占うらにににももも吉吉よくくくあるあるある占爾毛吉有
- 13今今こ夜夜よいだにだにだに今夜谷
- 14來來きまままさささぬぬぬ君君きみををを不來君乎
- 15何時何時いつとととかかか待待またたたむむん何時將待
- 16眉根眉根まよね搔搔かききき眉根搔2614
- 17下下したいぶかしいぶかしいぶかしみみみ下言借見
- 18思思おもへへえるるるににに思有爾
- 19いにしへいにしへいにしえ人人ひとををを去家人乎
- 20相相あい見見みつるつるつるかもかもかも相見鶴鴨
現代語訳
〔2611〕今さら、あなたの手枕をして寝られるだろうか。それなのに、私の衣の紐の緒が、むやみに解けてばかりいることだ。
〔2612〕白妙の袖を触れ合った夜から、あなたに私が恋い慕う思いは、止む時もない。
〔2613〕夕占にも占いにも吉と出た今夜でさえおいでにならないあなたを、いつと思って待ったらよいのだろう。
〔2614〕眉をかいて、心ひそかに誰に逢うのかと不思議に思っていたら、昔なじみの人に逢ったことだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。もう共寝はできないと思うのに、恋人に逢える前兆とされる紐の緒がむなしく解ける嘆き、袖を触れ合った夜から止まない恋、夕占にも吉と出たのに来ない恋人を待つ女の歌、眉がかゆいので誰に逢うのかと思っていたら昔なじみに逢えたという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- もとな
- むやみに、わけもなく。
- 紐の緒の解け
- 下紐が解けるのは恋人に逢える前兆とされた。
- 夕卜
- 「ゆふけ」。夕方、辻に立って道行く人の言葉で吉凶を占うこと。
- 下いぶかしみ
- 心ひそかに不思議に思って。
- いにしへ人
- 昔なじみの人。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2611〜2614番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 俗信
- 2611番の紐が解けること、2614番の眉がかゆいことは、いずれも恋人に逢える前兆とされた。
解説
2613番の夕占と占の二つの占いは、古代の恋人たちが逢瀬の可否を占いに頼ったことを伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、443頁(コマ14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、510頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日