万葉集 巻第十一 2602〜2606番
黑髮の 白髮までと
黒髪が白髪になるまでと結んだ一つの心を、今さら解くものか。心を君に捧げたと思えば、ままよ、この頃は恋い続けていよう。思い出して声をあげて泣いても、人に知られるほど嘆いてはいけない。道を行く途中で思いがけず妹に逢って恋しくなる頃だ。人目が多いのでいつもこうして様子をうかがっていたら、いつ恋しくなくなるだろう。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1黑黑くろ髮髮かみののの黑髮2602
- 2白白しろ髮髮かみまでまでまでととと白髮左右跡
- 3結結むすびびびてててししし結大王
- 4心心こころひとつひとつひとつををを心一乎
- 5今今いま解解とかかかめめめやややももも今解目八方
- 6心心こころをををししし心乎之2603
- 7君君きみににに奉奉まつるるるととと君爾奉跡
- 8念念おもへへえれれればばば念有者
- 9縱縱よししし此此この頃頃ごろははは縱比來者
- 10戀戀こひひいつつつつつつをををあらあらあらむむん戀乍乎將有
- 11思思おもひひい出出いでででててて念出而2604
- 12哭哭ねにににははは泣泣なくくくともともとも哭者雖泣
- 13著著いちしろくくく灼然
- 14人人ひとののの知知しるるるべくべくべく人之可知
- 15嘆嘆なげかかかすすすななな謹謹ゆめ嘆爲勿謹
- 16玉玉たま桙桙ほこののの玉桙之2605
- 17道道みち行行ゆきききぶりぶりぶりににに道去夫利爾
- 18思思おもははわぬぬぬににに不思
- 19妹妹いもををを相相あい見見みててて妹乎相見而
- 20戀戀こふるふるうる頃頃ころかもかもかも戀比鴨
- 21人人ひと目目め多多おおみみみ人目多2606
- 22常常つね斯斯かくくくのみのみのみししし常如是耳志
- 23候候さもらははわばばば候者
- 24いづれいづれいずれののの時時ときかかか何時
- 25吾吾わががが戀戀こひひいざらざらざらむむん吾不戀將有
現代語訳
〔2602〕黒髪が白髪になるまでもと結び固めた一つの心を、今さら解くことがあろうか。
〔2603〕心をあなたに捧げてしまったと思うので、ままよ、この頃は恋い続けていよう。
〔2604〕思い出して声をあげて泣くことはあっても、はっきりと人に知られるほどに嘆いてはなりません、決して。
〔2605〕(玉桙の)道を行くついでに、思いがけずいとしい人に逢って、恋しく思うこの頃であることだ。
〔2606〕人目が多いので、いつもこうして様子をうかがってばかりいたら、いつになったら私は恋しく思わずにいられるだろう。
意訳
正述心緒の歌の続きである。白髪になるまでと誓った心を変えはしないという歌、心を捧げたのだから恋い続けようという覚悟、泣いても人に知られるほど嘆くなと恋人を戒める歌、道の行きずりに出会った恋人を恋しく思う歌、人目を気にして様子をうかがうばかりの恋の苦しさが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 白髮までと
- 白髪になるまで共にと。
- 縱し
- 「よし」。ままよ。
- 哭には泣く
- 声をあげて泣く。
- 著く
- 「いちしろく」。はっきりと。
- 謹
- 「ゆめ」。決して。
- 道行きぶり
- 道を行くついで。
- 候はば
- 「さもらはば」。様子をうかがっていたら。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2602〜2606番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 対照
- 2602番の「黑髮」と「白髮」。
- 枕詞
- 2605番の「玉桙の」が「道」にかかる。
解説
2602番の「黒髪の白髪まで」は、生涯変わらぬ愛を誓う表現として後世にも受け継がれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、443頁(コマ14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、509頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日