万葉集 巻第十一 2597〜2601番
いかにして 忘るるものぞ
どうすれば忘れられるのか、妹への恋は増すばかりで忘れられない。遠くにいても君にこそ恋う、里人みなに恋するものか。かいのない恋をすることだ、夕方には人の手を枕に寝るであろう子のために。百年も千年も生きられようか、思う妹を置いて嘆いていられない。現実にも夢にも思わなかった、昔なじみの君にここで会おうとは。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1いかにいかにいかにしししててて何爲而2597
- 2忘忘わするるるるるるものものものぞぞぞ忘物
- 3吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹子丹
- 4戀戀こいははは益益まされれれどどど戀益跡
- 5忘忘わすらえらえらえなくなくなくににに所忘莫苦二
- 6遠遠とおくくくあれあれあれどどど遠有跡2598
- 7君君きみにににぞぞぞ戀戀こふるふるうる公衣戀流
- 8玉玉たま桙桙ほこののの玉桙乃
- 9里里さと人人びと皆皆みなににに里人皆爾
- 10吾吾わが戀戀こひひいめめめやややももも吾戀八方
- 11驗驗しるし無無なききき驗無2599
- 12戀戀こいをををもももするするするかかか戀毛爲鹿
- 13夕夕ゆうされされさればばば暮去者
- 14人人ひとののの手手てまきまきまきててて人之手枕而
- 15寢寢ねなむなむなむ兒兒こゆゑゆゑゆえににに將寐兒故
- 16百百もも世世よしもしもしも百世下2600
- 17千千ち代代よしもしもしも生生いきききててて千代下生
- 18あらあらあらめめめやややももも有目八方
- 19吾吾わががが念念おもふふう妹妹いもををを吾念妹乎
- 20置置おきききててて嘆嘆なげかかかむむん置嘆
- 21現現うつつにににももも現毛2601
- 22夢夢いめにににももも吾吾われははは夢毛吾者
- 23思思おもははわざりざりざりききき不思寸
- 24舊舊ふりりりたるたるたる君君きみににに振有公爾
- 25此處此處ここににに會會あははわむむんとととははは此間將會十羽
現代語訳
〔2597〕どうしたら忘れられるものなのか。いとしい人への恋はつのるばかりで、忘れることができないのに。
〔2598〕遠く離れていても、あなたにこそ恋しているのだ。(玉桙の)里の人みなに、私が恋するものか。
〔2599〕かいのない恋をすることだ。夕方になれば、ほかの人の手を枕にして寝るであろう子のために。
〔2600〕百年も千年も生きていられるものか。私が思ういとしい人を置いて、嘆いてばかりいられようか。
〔2601〕現実にも夢にも、私は思わなかった。昔なじみのあなたに、ここで会おうとは。
意訳
正述心緒の歌の続きである。つのるばかりで忘れられない恋、遠く離れていても心はあなただけにあるという誓い、ほかの男の妻となる女を恋するむなしさ、人の命は限りあるのだから恋人を置いて嘆いてはいられないという思い、思いがけない旧知との再会の驚きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 忘らえなくに
- 忘れることができないのに。
- 手まきて
- 手を枕にして。
- 百世しも
- 「しも」は強め。
- 舊りたる君
- 昔なじみのあなた。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2597〜2601番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2598番の「玉桙の」が「里」にかかる。
- 対句
- 2600番の「百世しも千代しも」。
解説
2601番は、年を経て思いがけず旧知の人に再会した驚きと喜びを、率直に詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、442頁(コマ14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、509頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日