万葉集 巻第十一 2592〜2596番
戀ひ死なむ 後は何せむ
恋い死んだ後ではどうしようもない、生きている日にこそ逢いたい。枕が動いて眠れず物思いをする今夜は早く明けてほしい。行かない私を来るかと夜も門を閉めずに妹は待っているだろう。夢にさえどうして見えないのか、見えても私が迷うのか。慰める心もなくこうして恋い続けるのか、月ごと日ごとに。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1戀戀こひひい死死しなななむむん戀死2592
- 2後後のちははは何何なにせせせむむん後何爲
- 3吾吾わががが命命いのちののの吾命
- 4生生いけけけるるる日日ひにににこそこそこそ生日社
- 5見見みまくまくまく欲欲ほりりりすれすれすれ見幕欲爲禮
- 6敷敷しき妙妙たえののの敷細2593
- 7枕枕まくら動動うごきききててて枕動而
- 8寢寢いねねねらえらえらえずずず宿不所寢
- 9物物もの思思もふふう此此こ夕夕よい物念此夕
- 10早早はやももも明明あけけけぬぬぬかもかもかも急明鴨
- 11往往ゆかかかぬぬぬ吾吾わををを不往吾2594
- 12來來こむむむとととかかか夜夜よるももも來跡可夜
- 13門門かど閉閉ささささずずず門不閉
- 14あはれあはれあわれ吾吾わぎ妹妹も子子こ何怜吾妹子
- 15待待まちちちつつつつつつあらあらあらむむん待筒在
- 16夢夢いめにににだにだにだに夢谷2595
- 17何何なにかもかもかも見見みえええぬぬぬ何鴨不所見
- 18見見みゆれゆれゆれどもどもども雖所見
- 19吾吾われかもかもかも迷迷まどふふう吾鴨迷
- 20戀戀こいののの繁繁しげきききににに戀茂爾
- 21慰慰なぐさもるもるもる名草漏2596
- 22心心こころははは無無なしししににに心莫二
- 23斯斯かくくくのみのみのみししし如是耳
- 24戀戀こひひいややや渡渡わたらららむむん戀也度
- 25月月つきににに日日ひににに日日けににに月日殊
現代語訳
〔2592〕恋い死にしてしまった後では、何になろう。私の命が生きている日にこそ、逢いたいと思うのだ。
〔2593〕(敷妙の)枕が動いて眠ることができず、物思いをする今夜は、早く明けてくれないものか。
〔2594〕行かない私を、来るだろうかと思って夜も門を閉めずに、ああ、いとしい人は待ち続けているのだろう。
〔2595〕せめて夢にでも、どうして見えないのか。見えてはいるのに、私が迷って気づかないのか。恋の思いが激しいので。
〔2596〕心を慰めるすべもなく、こうしてばかり恋い続けるのだろうか。月ごとに、日ごとに、いよいよつのって。
意訳
正述心緒の歌の続きである。死んでからでは遅い、生きているうちに逢いたいという訴え、恋の物思いに眠れない夜が早く明けてほしいという歌、行けない自分を門を開けて待っているであろう恋人を思いやる歌、夢にさえ恋人が見えない嘆き、慰めもなく日々つのる恋の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 見まく欲りすれ
- 逢いたいと思う。
- 枕動きて
- 恋の物思いに寝返りをうつさま。枕が動くのは恋のしるしともいう。
- あはれ
- 「何怜」と書く。ああ、いとしい。
- 月に日に日に
- 「つきにひにけに」。月ごと日ごとにいよいよ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2592〜2596番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2593番の「敷妙の」が「枕」にかかる。
解説
2594番は、行けない男が、門を開けて待つ女の姿を思いやる歌で、相手の側から恋を描いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、442頁(コマ14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、508頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日