万葉集 巻第十一 2587〜2591番
大原の 古りにし郷に
大原の古びた里に妹を置いて来て眠れない、夢に見えてほしい。夕方になれば君が来るだろうと待った夜の名残で、今も眠れずにいる。君は思ってくれないらしい、誓いをして寝ても夢にも見えない。夜道は行くまいと思うが妹のためには耐えられない。人の噂を避けて逢わずにいたら面影を忘れてしまうだろう。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1大原大原おおはらののの大原2587
- 2古古ふりりりにににししし郷郷さとににに古鄕
- 3妹妹いもををを置置おきききててて妹置
- 4吾吾われ寐寐いねねねかねかねかねつつつ吾稻金津
- 5夢夢いめににに見見みえええこそこそこそ夢所見乞
- 6夕夕ゆうされされさればばば夕去者2588
- 7君君きみ來來きまままさささむむんととと公來座跡
- 8待待まちちちししし夜夜よののの待夜之
- 9なごりなごりなごりぞぞぞ今今いまももも名凝衣今
- 10寢寢いねねねがてがてがてにににするするする宿不勝爲
- 11相相あい思思おもははわずずず不相思2589
- 12君君きみはははあるあるあるらしらしらし公者在良思
- 13ぬばたまぬばたまぬばたまののの黑玉
- 14夢夢いめにににももも見見みえええずずず夢不見
- 15誓約誓約うけひひひててて寢寢ぬれれれどどど受旱宿跡
- 16石根石根いわね踏踏ふみみみ石根踏2590
- 17夜夜よ道道みちははは行行ゆかかかじじじととと夜道不行
- 18念念おもへへえれれれどどど念跡
- 19妹妹いもににによりよりよりてててははは妹依者
- 20忍忍しのびびびかねかねかねつつつももも忍金津毛
- 21人人ひと言言ごとののの人事2591
- 22繁繁しげききき間間ま守守もるるるととと茂間守跡
- 23逢逢あははわずずずあらあらあらばばば不相在
- 24終終ついににに奴等奴等やつこら終八子等
- 25面面おも忘忘わすれれれなむなむなん面忘南
現代語訳
〔2587〕大原の古びた里にいとしい人を置いて来て、私は眠れずにいる。せめて夢に見えておくれ。
〔2588〕夕方になればあなたがおいでになるだろうと待った夜の名残で、今も眠れずにいることだ。
〔2589〕あなたは私を思っていないらしい。(ぬばたまの)夢にも見えない。誓いを立てて寝たけれど。
〔2590〕岩を踏んで夜道は行くまいと思っていたけれど、いとしい人のためには、こらえきれないことだ。
〔2591〕人の噂のうるさい間をうかがって逢わずにいたら、とうとうあの子たちは私の顔を忘れてしまうだろう。
意訳
正述心緒の歌の続きである。古びた里に残してきた恋人を思って眠れない歌、来ると思って待った夜の名残で今も眠れない女の歌、誓いを立てて寝ても夢に見えないので相手の心変わりを疑う歌、夜道は行くまいと思いながらも恋人のもとへ向かう歌、人目を避けて逢わずにいたら顔を忘れられてしまうという不安が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 大原
- 飛鳥の地名。
- 寢ねがてに
- 眠りにくく。
- 誓約ひて
- 「うけひて」。神に誓いを立てて。夢に恋人を見るための呪術。
- 奴等
- 「やつこら」。白文は「終八子等」と書き、「つひにやこらが」とも訓む。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2587〜2591番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2589番の「ぬばたまの」が「夢」にかかる。
解説
2589番の「うけひ」は、誓いを立てて寝れば思う人を夢に見るという古代の信仰を伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、442頁(コマ14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、508頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日