万葉集 巻第十一 2577〜2581番
今だにも 目な乏しめそ
今だけでも逢わずに寂しくさせないで、これから恋う年月は長いのに。朝寝髪は梳るまい、愛しい君の手枕に触れたのだから。早く行って逢おうと思っていた心が今は和らいだ。面影を忘れるくらいならつまらない、男が恋い続けていようか。口で言えばたやすい、少しも心で思わないことはないのに。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1今今いまだにだにだにももも今谷毛2577
- 2目目めななな乏乏ともしめしめしめそそそ目莫令乏
- 3相相あい見見みずずずててて不相見而
- 4戀戀こひひいむむん年年とし月月つき將戀年月
- 5久久ひさしけしけしけまくまくまくににに久家眞國
- 6朝朝あさ寢寢ね髮髮がみ朝宿髮2578
- 7吾吾われははは梳梳けずらららじじじ吾者不梳
- 8愛愛うつくしきしきしき愛
- 9君君きみががが手手た枕枕まくら君之手枕
- 10觸觸ふりりりてててしししものものものををを觸義之鬼尾
- 11早早はや行行ゆきききててて早去而2579
- 12何時何時いつしかしかしか君君きみををを何時君乎
- 13相相あい見見みむむむととと相見等
- 14念念おもひひいししし情情こころ念之情
- 15今今いまぞぞぞ和和なぎぎぎぬるぬるぬる今曾水葱少熱
- 16面形面形おもかたののの面形之2580
- 17忘忘わするるるとととならならならばばば忘戶在者
- 18あぢきあぢきあじき無無なくくく小豆鳴
- 19男男おのこじじじものものものややや男士物屋
- 20戀戀こひひいつつつつつつ居居おらららむむん戀乍將居
- 21言言ことににに云云いへへえばばば言云者2581
- 22耳耳みみににに容易容易たやすししし三三二田八酢四
- 23少少すくなくくくももも小九毛
- 24心心こころのののうちうちうちににに心中二
- 25我我わががが念念おもははわなくなくなくににに我念羽奈九二
現代語訳
〔2577〕せめて今だけでも、逢えずに寂しい思いをさせないでください。これから逢わずに恋い続ける年月は長いでしょうに。
〔2578〕朝の寝乱れ髪を、私は梳るまい。いとしいあなたの手枕に触れた髪なのだから。
〔2579〕早く行って、いつになったらあなたに逢えるかと思っていた心が、今やっと和らいだことだ。
〔2580〕面影を忘れてしまうというのなら、つまらないことに、男たるものが恋い続けていようか。
〔2581〕口で言えばたやすいことだ。少しでも、心の中で私が思っていないわけではないのに。
意訳
正述心緒の歌の続きである。別れの前のせめて今だけはと逢瀬を求める歌、恋人の手枕に触れた朝寝髪を梳るまいという女の歌、やっと逢えて心が和らいだ歌、面影を忘れてしまうなら男が恋い続けることもないという強がり、口先だけではない心の思いを訴える歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 目な乏しめそ
- 「めなともしめそ」。逢えずに寂しくさせないで。
- 久しけまくに
- 長いであろうに。
- 梳らじ
- 「けづらじ」。梳かすまい。
- 和ぎぬる
- 白文は「水葱少熱」と書く戯書。
- あぢき無く
- 「小豆鳴」と書く戯書。つまらなく。
- 男じもの
- 男たるもの。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2577〜2581番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 戯書
- 2579番の「水葱少熱」(なぎ)、2580番の「小豆鳴」(あぢきなく)、2581番の「三三二田八酢四」(みみにたやすし)。
解説
2578番は、恋人の手枕の名残を惜しんで寝乱れた髪を梳かすまいという、官能的な女の歌である。2581番の「三三二田八酢四」は数字を用いた戯書として名高い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、441頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、507頁(コマ17)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日