万葉集 巻第十一 2562〜2566番
里人の 言緣妻を
里人が噂で結びつけた妻を荒垣の外から見るだけか、憎くはないのに。人目を守る君に従って私まで早起きして裳裾を濡らした。妹の黒髪は今夜も私のいない床になびけて寝ているか。葦垣越しにただ一目見た子ゆえに千度嘆く。色に出して恋えば人に知られる、心の中の隠し妻よ。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1里里さと人人びとののの里人之2562
- 2言言こと緣緣よせ妻妻づまををを言緣妻乎
- 3荒荒あら垣垣がきののの荒垣之
- 4外外よそにににややや吾吾わががが見見みむむむ外也吾將見
- 5にくからにくからにくからなくなくなくににに惡有名國
- 6他他ひと眼眼め守守もるるる他眼守2563
- 7君君きみがががまにまにまにまにまにまに君之隨爾
- 8吾吾われさへさへさへににに余共爾
- 9夙夙はやくくく起起おきききつつつつつつ夙興乍
- 10裳裳もののの裾裾すそ沾沾ぬれれれぬぬぬ裳裾所沾
- 11ぬばたまぬばたまぬばたまののの夜干玉之2564
- 12妹妹いもががが黑黑くろ髮髮かみ妹之黑髮
- 13今今こ夜夜よいもかもかもか今夜毛加
- 14吾吾われ無無なききき床床とこににに吾無床爾
- 15靡靡なびけけけててて宿宿ぬらむらむらむ靡而宿良武
- 16花花はなぐはしぐはしぐわし花細2565
- 17葦葦あし垣垣がき越越ごしししににに葦垣越爾
- 18ただただただ一一ひと目目め直一目
- 19相相あい見見みししし兒兒こゆゑゆゑゆえ相視之兒故
- 20千千ち遍遍たび嘆嘆なげきききつつつ千遍嘆津
- 21色色いろににに出出いでででててて色出而2566
- 22戀戀こひひいばばば人人ひと見見みててて戀者人見而
- 23知知しりりりぬぬぬべみべみべみ應知
- 24情情こころのののうちうちうちののの情中之
- 25隱隱しぬび妻妻づまはははももも隱妻波母
現代語訳
〔2562〕里人が噂で結びつけた妻を、荒垣の外からよそながら見ていることになるのだろうか。憎いわけではないのに。
〔2563〕人目を気にするあなたの思うままに、私までも早く起きて送り出して、裳の裾が濡れてしまった。
〔2564〕(ぬばたまの)いとしい人の黒髪は、今夜もまた、私のいない床になびかせて寝ているのだろうか。
〔2565〕(花ぐはし)葦垣越しにただ一目見たあの子のために、千度も嘆いたことだ。
〔2566〕顔色に出して恋い慕えば、人が見て知ってしまいそうなので、心の中に秘めている隠し妻よ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。噂で結びつけられた女をよそながら見るだけの男、人目を気にする恋人を早朝に送り出して裳裾を濡らす女、自分のいない床で黒髪をなびかせて寝ているであろう恋人を思う歌、葦垣越しに一目見ただけの娘を思って嘆く歌、人に知られぬよう心に秘めた隠し妻を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 言緣妻
- 「ことよせづま」。噂で結びつけられた妻。
- 他眼
- 「ひとめ」。人目。
- 花ぐはし
- 花の美しい。「葦」にかかる枕詞。
- 隱妻
- 「しぬびづま」。人目を忍ぶ妻。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2562〜2566番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2564番の「ぬばたまの」が「黑髮」に、2565番の「花ぐはし」が「葦」にかかる。
解説
2565番の「ただ一目相見し兒ゆゑ千遍嘆きつ」は、一目ぼれを詠んだ歌として印象深い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、440頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、506頁(コマ17)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日