万葉集 巻第十一 2557〜2561番
垂乳根の 母に白さば
母に打ち明けたら、君も私も逢うこともなく年が過ぎるだろう。いとしいと思ったらしい、忘れるなと結んだ紐が解けると思えば。昨日見て今日隔てただけなのに続けて見たい妹。人もいない古い里にいる人を、あなたは恋い死にさせるのか。人の噂の絶え間をうかがって逢っても、また噂が繁くなるだろう。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1垂乳根垂乳根たらちねののの垂乳根之2557
- 2母母ははににに白白まおさささばばば母白者
- 3君君きみももも我我われももも公毛余毛
- 4逢逢あふふうとととははは無無なしししににに相鳥羽梨丹
- 5年年としぞぞぞ經經へぬぬぬべきべきべき年可經
- 6愛愛うつくしししととと愛等2558
- 7思思おもへへえりりりけらしけらしけらし思篇來師
- 8莫莫な忘忘わすれれれととと莫忘登
- 9結結むすびびびししし紐紐ひもののの結之紐乃
- 10解解とくくくらくらくらく念念おもへへえばばば解樂念者
- 11昨日昨日きのう見見みててて昨日見而2559
- 12今日今日きょうこそこそこそ隔隔へだててて今日社間
- 13吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹兒之
- 14幾許幾許ここだく繼繼つぎぎぎててて幾許繼手
- 15見見みまくまくまくししし欲欲ほしししももも見卷欲毛
- 16人人ひとももも無無なききき人毛無2560
- 17古古ふりりりにににししし鄕鄕さとににに古鄕爾
- 18あるあるある人人ひとををを有人乎
- 19愍愍めぐくくくややや君君きみががが愍久也君之
- 20戀戀こいににに死死しなななするするする戀爾令死
- 21人人ひと言言ごとののの人事之2561
- 22しげきしげきしげき間間ま守守もりりりててて繁間守而
- 23逢逢あへへえりりりともともとも相十方
- 24將將はたたた吾吾わががが上上うえににに八反吾上爾
- 25言言ことののの繁繁しげけけけむむん事之將繁
現代語訳
〔2557〕(垂乳根の)母に打ち明けたなら、あなたも私も、逢うこともないままに年が過ぎてしまうだろう。
〔2558〕いとしいと思っていてくれたらしい。忘れるなと結んでくれた紐が、ひとりでに解けるのを思うと。
〔2559〕昨日逢って今日隔てただけなのに、いとしい人をこれほど続けて見たいと思うことよ。
〔2560〕人もいない古びた里に住んでいる人を、気の毒にも、あなたは恋い死にさせるのか。
〔2561〕人の噂の絶え間をうかがって逢ったとしても、またしても私の身の上に噂が繁く立つことだろう。
意訳
正述心緒の歌の続きである。母に打ち明ければ逢えなくなると恐れる歌、恋人が結んだ紐がひとりでに解けるのは恋人が思っているしるしだと喜ぶ歌、昨日逢ったばかりなのにもう逢いたい思い、寂しい古里にいる自分を恋い死にさせるのかと恋人を責める歌、人目を盗んで逢ってもまた噂になると嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 白さば
- 「まをさば」。申し上げたら、打ち明けたら。
- 解くらく
- 解けること。
- 愍くや
- 「めぐくや」。かわいそうに。
- 將た
- 「はた」。またしても。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2557〜2561番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 俗信
- 2558番は、紐が解けるのを恋人に思われているしるしとする。
解説
恋人が結んだ紐がひとりでに解けることを、相手が自分を思っている前兆とする俗信がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、440頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、505頁(コマ16)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日