万葉集 巻第十一 2549〜2552番
妹に戀ひ 吾が哭く涕
妹を恋うて泣く涙が木枕を通って袖まで濡れた。立っても座っても思う、紅の赤裳の裾を引いて去った姿を。思いあまってどうしようもなく、出て行ってその門を見に行った。心では千度も思うが使いを送るすべがわからない。正述心緒の歌四首。
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題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1妹妹いもににに戀戀こひひい妹戀2549
- 2吾吾わががが哭哭なくくく涕涕なみだ吾哭涕
- 3敷敷しき妙妙たえののの敷妙
- 4木木こ枕枕まくら通通とおりりり木枕通
- 5袖袖そでさへさへさへ沾沾ぬれれれぬぬぬ袖副所沾
- 6立立たちちちててて念念おもひひい立念2550
- 7居居いてててもももぞぞぞ念念おもふふう居毛曾念
- 8くれなゐくれなゐくれないののの紅之
- 9赤赤あか裳裳も裾裾すそ引引びききき赤裳下引
- 10去去いにににししし姿姿すがたををを去之儀乎
- 11念念おもふふうにににししし念之2551
- 12餘餘あまりりりにににしかしかしかばばば餘者
- 13術術すべををを無無なみみみ爲便無三
- 14出出いでででてててぞぞぞ行行ゆきききししし出曾行之
- 15其其そののの門門かどををを見見みににに其門乎見爾
- 16情情こころにににははは情者2552
- 17千千ち遍遍へ頻頻頻頻しくしくににに千遍敷及
- 18念念おもへへえどもどもども雖念
- 19使使つかいををを遣遣やらららむむん使乎將遣
- 20術術すべののの知知しらららなくなくなく爲便之不知久
現代語訳
〔2549〕いとしい人を恋しく思って私が泣く涙は、(敷妙の)木の枕を通して、袖までも濡れてしまった。
〔2550〕立っては思い、座っても思う。紅の赤裳の裾を引いて去って行ったあの人の姿を。
〔2551〕思いがあまりにつのったので、どうしようもなくて、出かけて行ったことだ。あの人の家の門を見に。
〔2552〕心の中では千度もしきりに思うけれど、使いを送る手立てもわからないことだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。恋の涙が木枕を通して袖まで濡らすという誇張、紅の裳裾を引いて去った恋人の姿を立っても座っても思う歌、思いあまって恋人の家の門だけでも見に行った歌、心では千度も思うのに使いを送るすべを知らない嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 木枕
- 「こまくら」。木製の枕。
- 裾引き
- 裳の裾を引いて。
- 頻頻に
- 「しくしくに」。しきりに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2549〜2552番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 誇張
- 2549番の、涙が木枕を通るという表現。
- 枕詞
- 2549番の「敷妙の」、2550番の「くれなゐの」。
解説
2550番の赤裳の裾を引く女の姿は、万葉集の女性美を代表する印象的な描写である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、439頁(コマ12)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、505頁(コマ16)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日