万葉集 巻第十一 2542〜2548番
若草の 新手枕を
新しい手枕を交わし始めて一夜でも隔てようか、憎くはないのに。恋した思いを語り慰めよう、君の使いを待ちかねて。現実に逢う手立てはなく、せめて夢に絶えず見えて。誰かと問われたら答えようがなくて君の使いを帰した。不意に着いたら妹が喜んで笑む眉が思われる。こんなに恋しくなると思わず妹の袖を巻かない夜もあった。こんなにも私は恋するのか、君の使いを待ちかねて。正述心緒の歌七首。
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1若若わか草草くさののの若草乃2542
- 2新新にい手手た枕枕まくらををを新手枕乎
- 3纏纏まききき初初そめめめててて卷始而
- 4夜夜よをををややや隔隔へだてててむむん夜哉將間
- 5憎憎にくくくくあらあらあらなくなくなくににに二八十一不在國
- 6吾吾わががが戀戀こひひいししし吾戀之2543
- 7事事ことももも語語かたらひらひらい事毛語
- 8慰慰なぐさめめめむむん名草目六
- 9君君きみががが使使つかいををを君之使乎
- 10待待まちちちやややかねかねかねてててむむん待八金手六
- 11寤寤うつつにににははは寤者2544
- 12逢逢あふふう緣緣よしももも無無なししし相緣毛無
- 13夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 14間間ま無無なくくく見見みえええ君君きみ間無見君
- 15戀戀こいににに死死しぬぬぬべしべしべし戀爾可死
- 16誰誰たそそそ彼彼かれととと誰彼登2545
- 17問問とはははばばば答答こたへへえむむん問者將答
- 18術術すべををを無無なみみみ爲便乎無
- 19君君きみががが使使つかいををを君之使乎
- 20還還かへしししつるつるつるかもかもかも還鶴鴨
- 21念念おもははわぬぬぬににに不念丹2546
- 22到到いたらららばばば妹妹いもががが到者妹之
- 23歡歡うれしみしみしみととと歡三跡
- 24咲咲えまままむむん眉眉まよ引引びき咲牟眉曳
- 25思思おもほゆるほゆるおゆるかもかもかも所思鴨
- 26斯斯かくくくばかりばかりばかり如是許2547
- 27戀戀こひひいむむんものものものぞぞぞととと將戀物衣常
- 28念念おもははわねねねばばば不念者
- 29妹妹いもががが袂袂たもとををを妹之手本乎
- 30纏纏まかかかぬぬぬ夜夜よもももありありありききき不纏夜裳有寸
- 31斯斯かくくくだにだにだにももも如是谷裳2548
- 32吾吾われははは戀戀こひひいなむなむなん吾者戀南
- 33玉玉たま梓梓ずさののの玉梓之
- 34君君きみががが使使つかいををを君之使乎
- 35待待まちちちやややかねかねかねてててむむん待也金手武
現代語訳
〔2542〕(若草の)新しく手枕を交わし始めて、一夜でも隔てて逢わずにいられようか。憎いわけではないのに。
〔2543〕私が恋していたことも語り合って慰めよう。あなたの使いを、待ちかねていることだろうか。
〔2544〕現実には逢う手立てもない。せめて夢にでも絶え間なく見えておくれ、あなた。恋のために死んでしまいそうだ。
〔2545〕あれは誰かと人に問われたら答えようがないので、あなたの使いを帰してしまったことだ。
〔2546〕思いがけず訪ねて行ったら、いとしい人がうれしいと笑むであろう眉の形が思い浮かぶことだ。
〔2547〕これほど恋しくなるものだとは思わなかったので、いとしい人の袂を枕にしない夜もあったことだ。
〔2548〕こんなにも私は恋しく思うのだろうか。(玉梓の)あなたの使いを待ちかねて。
意訳
正述心緒の歌の続きである。新たに契りを結んだばかりの恋人と一夜も離れたくない思い、恋人の使いを待ちかねる心、現実に逢えないならせめて夢で逢いたいという願い、人目を恐れて恋人の使いを帰してしまった後悔、不意に訪ねたら喜ぶであろう恋人の笑顔を思い描く歌、これほど恋しくなるとは思わず共寝しない夜もあったという悔い、恋人の使いを待ちわびる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 新手枕
- 「にひたまくら」。初めて交わす手枕。
- 慰めむ
- 「なぐさめむ」。心を慰めよう。
- 寤
- 「うつつ」。現実。
- 誰そ彼
- 「たそかれ」。あれは誰か。
- 眉引
- 「まよびき」。眉を引いた形。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2542〜2548番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 戯書
- 2542番は「憎く」を「二八十一」(九九の八十一)と書く。
- 枕詞
- 2542番の「若草の」が「新」に、2548番の「玉梓の」が「使」にかかる。
解説
九九を用いた戯書は、当時すでに九九が知られていたことを示す資料としても注目される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、439頁(コマ12)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、504頁(コマ16)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日