万葉集 巻第十一 2503〜2507番
夕されば 床のへ去らぬ
夕方になると床のそばを離れない黄楊の枕よ、いつかお前の主を待つのは苦しい。恋い乱れながら浮き沙のように浮いても生き続ける。引いて許さずにいたらこんな恋に逢わなかったのに。言霊の八十の衢で夕占を問うと妹は寄るだろうと告げた。道の占いでも妹は逢うと告げた。枕・沙・弓・占に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1夕夕ゆうされされさればばば夕去2503
- 2床床とこのののへへへ去去さらららぬぬぬ床重不去
- 3黃楊黃楊つげ枕枕まくら黃楊枕
- 4いつしかいつしかいつしか汝汝なががが主主ぬしををを射然汝主
- 5待待まてててばばば苦苦くるしししももも待困
- 6解衣解衣ときぎぬののの解衣2504
- 7戀戀こひひい亂亂みだれれれつつつつつつ戀亂乍
- 8浮浮うき沙沙まなご浮沙
- 9浮浮うきききてててももも吾吾われははは生吾
- 10ありありありわたるわたるわたるかもかもかも有度鴨
- 11梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2505
- 12引引ひきききててて縱縱ゆるさささずずず引不許
- 13あらあらあらませませませばばば有者
- 14斯斯かかるかるかる戀戀こいにににははは此有戀
- 15遇遇あははわざらざらざらましましましををを不相
- 16言言こと靈靈だまののの事靈2506
- 17八十八十やそののの衢衢ちまたににに八十衢
- 18夕夕ゆう占占け問問とふふう夕占問
- 19占占うら正正まさににに告告のるるる占正謂
- 20妹妹いもはははあひあひあい依依よらららむむん妹相依
- 21玉玉たま桙桙ほこののの玉桙2507
- 22路路みち往往ゆき占占うらににに路往占
- 23うらなへうらなへうらなえばばば々相
- 24妹妹いもははは逢逢あははわむむんととと妹逢
- 25我我われににに告告のりりりつるつるつる我謂
現代語訳
〔2503〕夕方になると床のそばを離れない黄楊の枕よ、いつになったらと、おまえの主を待つのは苦しいことだ。
〔2504〕(解衣の)恋い乱れながら、浮き沙のように浮いたまま、私は生き続けているのだろうか。
〔2505〕(梓弓)引いたまま許さずにいたなら、このような恋には逢わずにすんだだろうに。
〔2506〕言霊の宿る四方八方の辻で夕占を問うと、占いがはっきりと告げた。いとしい人は心を寄せてくるだろうと。
〔2507〕(玉桙の)道で行く人の言葉で占うと、いとしい人は逢うだろうと、私に告げたことだ。
意訳
枕・沙・弓・占に寄せた恋の歌である。床のそばを離れない黄楊の枕に向かって、主(恋人)を待つ苦しさを訴える歌、浮き沙のように落ち着かない心で生き続ける嘆き、弓を引いたまま許さなければこんな恋はしなかったという後悔、辻で夕占を問うと恋人は心を寄せると告げられた喜び、道占でも逢えると告げられた歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 汝が主
- 枕の主、すなわち恋人。
- 浮沙
- 「うきまなご」。水に浮く砂。
- 言靈
- 言葉に宿る霊力。
- 夕占
- 「ゆふけ」。夕方の辻で通行人の言葉を聞いて吉凶を占うこと。
- 往占
- 「ゆきうら」。道で行き会う人の言葉で占うこと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2503〜2507番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 擬人
- 2503番は黄楊の枕に呼びかける。
- 枕詞
- 2504番の「解衣の」が「亂れ」に、2505番の「梓弓」が「引き」に、2507番の「玉桙の」が「路」にかかる。
解説
夕占は、夕暮れの辻に立って、通りかかる人の何気ない言葉を神の告げとして受け取る占いである。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、435頁(コマ10)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、500頁(コマ14)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日