万葉集 巻第十一 2498〜2502番
劒刀 諸刃の利きに
剣の両刃の鋭い刃に足を踏んで死ぬなら死のう、君のためなら。妹を恋い続けて剣の名が惜しいとも思えない。黄楊の櫛は古びても君は見飽きない。里が遠くてしおれた、鏡のように床のそばを去らず夢に見えて。鏡を手に取って毎朝見ても君は見飽きない。剣・櫛・鏡に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1劒劒つるぎ刀刀たち釼刀2498
- 2諸諸もろ刃刃はののの利利ときききににに諸刃利
- 3足足あし踏踏ふみみみててて足蹈
- 4死死しににににししし死死しなななむむん死死
- 5君君きみににに依依よりりりてててははは公依
- 6我我わぎ妹妹も子子こににに我妹2499
- 7戀戀こひひいししし渡渡わたれれればばば戀度
- 8劒劒つるぎ刀刀たち劒刃
- 9名名なののの惜惜おしけくしけくしけくももも名惜
- 10念念おもひひいかねかねかねつつつももも念不得
- 11朝朝あさづくづくずく日日ひ朝月日2500
- 12向向むかふふう黃楊黃楊つげ櫛櫛くし向黃楊櫛
- 13舊舊ふりりりぬれぬれぬれどどど雖舊
- 14何何なにしかしかしか君君きみががが何然公
- 15見見みるるるににに飽飽あかかかざらざらざらむむん見不飽
- 16里里さと遠遠どおみみみ里遠眷2501
- 17うらぶれうらぶれうらぶれにににけりけりけり浦經
- 18まそまそまそ鏡鏡かがみ眞鏡
- 19床床とこのののへへへ去去さらららずずず床重不去
- 20夢夢いめににに見見みえええこそこそこそ夢所見與
- 21まそまそまそ鏡鏡かがみ眞鏡2502
- 22手手てににに取取とりりり持持もちちちててて手取以
- 23朝朝あさななな朝朝さな朝朝
- 24見見みれれれどもどもども君君きみははは雖見君
- 25飽飽あくくくことことこともももなしなしなし飽事無
現代語訳
〔2498〕剣の両刃の鋭い刃に足を踏んで死ぬのなら死にもしよう。あなたのためなら。
〔2499〕いとしい人を恋い続けているので、(劒刀)名が惜しいとも思えないことだ。
〔2500〕(朝づく日)向かい合う黄楊の櫛は古びてしまったけれど、どうしてあなたは見ても見飽きないのだろう。
〔2501〕里が遠いのでしおれてしまった。(まそ鏡)床のそばを離れずに、夢に見えておくれ。
〔2502〕(まそ鏡)手に取り持って毎朝見るように、毎朝見ても、あなたは見飽きることがない。
意訳
剣・櫛・鏡に寄せた恋の歌である。恋人のためなら剣の刃を踏んで死んでもよいという激しい誓い、恋のために名を惜しむ心もなくなったという歌、長く使った櫛は古びても恋人は見飽きないという歌、遠く離れた恋人に夢で逢いたい願い、毎朝鏡を見るように見ても見飽きない恋人をたたえる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 諸刃
- 両刃。
- 名の惜しけく
- 名が惜しいこと。
- 朝づく日
- 「向ふ」にかかる枕詞。
- 床のへ
- 床のほとり。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2498〜2502番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 2499番の「劒刀」が「名」に、2500番の「朝づく日」が「向ふ」に、2501・2502番の「まそ鏡」がかかる。
解説
剣・櫛・鏡など身近な道具に寄せた歌が並び、寄物陳思の分類意識がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、435頁(コマ10)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、500頁(コマ14)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日