万葉集 巻第十一 2480〜2484番
路の邊の 壹師の花の
道の辺の壱師の花のように目立って、人はみな私の恋妻を知った。大野に標縄を結ったが、そのままにもしかねて振り返った。水底の玉藻のようになびく心で恋い慕う。袖を離れて玉藻のようになびいて寝ているか、私を待ちかねて。君が来なければ形見にと二人で植えた松の木で君を待とう。花・藻・松に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1路路みちののの邊邊べののの路邊2480
- 2壹師壹師いちしののの花花はなののの壹師花
- 3灼然灼然いちしろくくく灼然
- 4人人ひと皆皆みな知知しりりりぬぬぬ人皆知
- 5我我わががが戀戀こい妻妻づまははは我戀孋
- 6大大おお野野ぬににに大野2481
- 7たどきたどきたどきももも知知しらららににに跡狀不知
- 8標標しめ繩繩なわ結結ゆひひいててて印結
- 9在在ありりりもももかねかねかねつつつつつつ有不得
- 10吾吾わがががかへりかへりかえり見見みししし吾眷
- 11水水みな底底そこににに水底2482
- 12生生おふるふるうる玉玉たま藻藻もののの生玉藻
- 13うちうちうち靡靡なびききき打靡
- 14心心こころははは依依よりりりててて心依
- 15戀戀こふるふるうるこのこのこの頃頃ごろ戀比日
- 16敷敷しき妙妙たえののの敷栲之2483
- 17衣衣ころも手手で離離かれれれててて衣手離而
- 18玉玉たま藻藻もなすなすなす玉藻成
- 19靡靡なびきききかかか寢寢ぬらむらむらむ靡可宿濫
- 20吾吾わををを待待まちちち難難がてににに和乎待難爾
- 21君君きみ來來こずずずははは君不來者2484
- 22形見形見かたみにににせせせむむんととと形見爲等
- 23我我わががが二二ふた人人り我二人
- 24植植うゑゑえししし松松まつののの木木き植松木
- 25君君きみををを待待まちちち出出いでででむむん君乎待出牟
現代語訳
〔2480〕道のほとりの壱師の花のように目立って、人はみな知ってしまった、私の恋しい妻のことを。
〔2481〕広い野に、手立ても知らずに標縄を結って、そのままにもしかねて、私は振り返って見たことだ。
〔2482〕水底に生える玉藻のようになびいて、心はあの人に寄って、恋い慕うこの頃だ。
〔2483〕(敷妙の)私の袖から離れて、玉藻のようになびいて寝ているのだろうか、私を待ちかねて。
〔2484〕あなたが来なかったら形見にしようと、私たち二人で植えた松の木よ、その名のようにあなたを待ち迎えよう。
意訳
花・藻・松に寄せた恋の歌である。壱師の花のように目立って恋が人に知られた歌、広野に標縄を結ったようにあてのない恋を振り返る歌、水底の玉藻のようになびく心、自分の袖を離れて玉藻のように独り寝ているであろう恋人を思う歌、二人で植えた松を形見にして恋人を待とうという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 壹師
- 「いちし」。彼岸花、ぎしぎしなど諸説がある。
- 灼然く
- 「いちしろく」。はっきりと。
- たどき
- 手立て、方法。
- 待ち難に
- 待ちかねて。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2480〜2484番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。花・藻・松に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2480番の上二句が「いちしろく」を、2482番の上二句が「靡き」を導く。
- 掛詞
- 2484番の「松」に「待つ」をかける。
解説
壱師の花は、真っ赤に咲く彼岸花とする説がよく知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、434頁(コマ10)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、498頁(コマ13)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日