万葉集 巻第十一 2475〜2479番
我が屋戸の 軒の子太草
軒のしだ草は生えたが恋忘草はまだ生えない。田に稗は多いのに選ばれた私は夜独り寝る。山菅を押し伏せて君が結べば逢わないことはない。秋柏の潤和川辺のしの竹のように人には逢うまい君にこらえがたく。さね葛のように後も逢おうと夢でばかり祈って年が経つ。草・川・葛に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1我我わががが屋戸屋戸やどののの我屋戸2475
- 2軒軒のきののの子太草子太草しだくさ甍子太草
- 3生生おひひいたれたれたれどどど雖生
- 4戀戀こい忘忘わすれ草草ぐさ戀忘草
- 5見見みるるるににに未未いまだだだ生生おひひいずずず見未生
- 6打打うつつつ田田たににに打田2476
- 7稗稗ひえははは數多數多あまたににに稗數多
- 8ありありありととといへいへいえどどど雖有
- 9擇擇えらえええししし我我われぞぞぞ擇爲我
- 10夜夜よるひとりひとりひとり宿宿ぬるるる夜一人宿
- 11あしひきあしひきあしひきののの足引2477
- 12名名なにににおふおふおう山山やま菅菅すげ名負山菅
- 13おしおしおしふせふせふせててて押伏
- 14君君きみししし結結むすばばばばばば公結
- 15逢逢あははわざらざらざらめめめやややももも不相有哉
- 16秋秋あき柏柏かしわ秋柏2478
- 17潤和潤和うるわ川川かわ邊邊べののの潤和川邊
- 18しぬしぬしぬのののめめめににに細竹目
- 19人人ひとにににははは逢逢あははわじじじ人不顏面
- 20君君きみにににたへたへたえなくなくなく公無勝
- 21さねさねさね葛葛かずら核葛2479
- 22のちのちのちももも逢逢あははわむむんととと後相
- 23夢夢いめのみのみのみににに夢耳
- 24祈誓祈誓うけひひひわたりわたりわたりててて受日度
- 25年年としははは經經へにににつつつつつつ年經乍
現代語訳
〔2475〕わが家の軒のしだ草は生えたけれど、恋忘れ草は、見ても、まだ生えていない。
〔2476〕耕した田に稗はたくさんあるというけれど、選び捨てられた私は、夜ひとりで寝ている。
〔2477〕(あしひきの)山の名を持つ山菅を押し伏せて、あなたが結んでくれたなら、逢わないことがあろうか。
〔2478〕(秋柏)潤和川のほとりのしの竹の目のように、人には逢うまい。あなたへの思いに耐えられないので。
〔2479〕(さね葛)後にでも逢おうと、夢の中でばかり祈り続けて、年は過ぎていくことだ。
意訳
草・川・葛に寄せた恋の歌である。軒にしだ草は生えたが恋を忘れさせる忘れ草はまだ生えないと嘆く歌、田の稗のように選び捨てられた身で独り寝をする女、山菅を結ぶように恋人が契りを結べば必ず逢えるという歌、恋人以外の人には逢うまいという誓い、さね葛のように後に逢おうと夢で祈り続けて年を重ねる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 子太草
- 「しだくさ」。軒に生えるしだ。
- 戀忘草
- かんぞう。身につけると恋を忘れるとされた。
- 擇えし
- 選び捨てられた。
- さね葛
- つるが分かれてまた逢うことから「後も逢はむ」にかかる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2475〜2479番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。草・川・葛に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 譬喩
- 2476番は、選び捨てられた稗に自分をたとえる。
- 枕詞
- 2479番の「さね葛」が「後も逢はむ」にかかる。
解説
恋忘れ草(萱草)は、憂いを忘れさせる草として中国の故事に由来する。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、433頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、498頁(コマ13)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日