万葉集 巻第十一 2469〜2474番
山萵苣の 白露おもり
山萵苣が白露の重みでしなうように、思いが深くて恋がやまない。湊の小菅のように忍びきれずに恋い続ける。山城の泉の小菅のように、いい加減には思わない。三室の山の岩穂菅のように、ねんごろに片思いをする。菅の根のように心をこめて君が結んだ紐を解く人はない。山菅のように乱れた恋ばかりさせて逢わない妹。草に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1山山やま萵苣萵苣ちさののの山萵苣2469
- 2白白しら露露つゆおもりおもりおもり白露重
- 3うらぶるるうらぶるるうらぶるる浦經
- 4心心こころををを深深ふかみみみ心深
- 5吾吾わががが戀戀こひひい止止やまままずずず吾戀不止
- 6湖湖みなとににに潮2470
- 7さねさねさね延延はふふう小小こ菅菅すげ核延子菅
- 8しぬびしぬびしぬびずずずててて不竊隱
- 9君君きみににに戀戀こひひいつつつつつつ公戀乍
- 10在在ありりり難難かてぬぬぬかもかもかも有不勝鴨
- 11山城山城やましろののの山代2471
- 12泉泉いずみののの小小こ菅菅すげ泉小菅
- 13おしなみおしなみおしなみににに凡浪
- 14妹妹いもががが心心こころををを妹心
- 15吾吾わががが念念おもははわなくなくなくににに吾不念
- 16見見み渡渡わたしししののの見渡2472
- 17三室三室みむろののの山山やまののの三室山
- 18石石いわ穗穗ほ菅菅すげ石穗菅
- 19ねもころねもころねもころ吾吾われははは惻隱吾
- 20片片かた思思もいぞぞぞするするする片念爲
- 21菅菅すがののの根根ねののの菅根2473
- 22慇懃慇懃ねもころ君君きみががが惻隱君
- 23結結むすびびびてててししし結爲
- 24我我わががが紐紐ひもののの緒緒をははは我紐緒
- 25解解とくくく人人ひとあらあらあらじじじ解人不有
- 26山山やま菅菅すげののの山菅2474
- 27亂亂みだれれれ戀戀こいのみのみのみ亂戀耳
- 28爲爲せしめしめしめつつつつつつ令爲乍
- 29逢逢あははわぬぬぬ妹妹いもかもかもかも不相妹鴨
- 30年年としははは經經へにににつつつつつつ年經乍
現代語訳
〔2469〕山萵苣が白露の重みでしなうように、しおれる心が深いので、私の恋はやまない。
〔2470〕湊にしっかりと根を張る小菅のように、こらえきれずに、あなたを恋い続けて、生きていられないことだ。
〔2471〕山城の泉の小菅がなびくように、いい加減には、あの人の心を私は思っていないのに。
〔2472〕見渡せる三室の山の岩穂菅の根のように、ねんごろに私は片思いをしている。
〔2473〕(菅の根の)心をこめてあなたが結んでくれた私の紐の緒は、解く人などいないだろう。
〔2474〕山菅のように乱れた恋ばかりを私にさせて、逢ってくれない人だろうか、年は過ぎていくのに。
意訳
草に寄せた恋の歌である。白露に重くしなう山萵苣のように沈む心、湊の小菅のように忍びきれない恋、泉の小菅がなびくような浮ついた心ではないという誓い、三室山の岩穂菅の根のように深い片思い、恋人が心をこめて結んだ紐は誰にも解かせないという誓い、山菅のように乱れた恋をさせて逢ってくれない恋人を恨む歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 山萵苣
- 「やまちさ」。えごのきとも。
- さね延ふ
- しっかりと根を張る。
- おしなみに
- なびくように、いい加減に。
- ねもころ
- 心をこめて、ねんごろに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2469〜2474番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。草に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 菅の「根」から「ねもころ」を導くなど、各首の上の句が序詞となる。
解説
菅は根が長く深いことから「ねもころ」を導く景物として好まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、433頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、497頁(コマ12)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日