万葉集 巻第十一 2463〜2468番
ひさかたの 天光る月の
天に照る月が隠れたら何に代えて妹を偲ぼう。三日月のようにさやかにも見えず雲隠れして、見たくてたまらないこの頃。恋していると庭の草まで思い枯れた。浅茅原に標縄を結うような空言で君を待つ。草深百合のように後でという妹の命を私が知ろうか。湖の葦に交じる知草のように、人はみな私の思いを知った。月・草に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1ひさかたひさかたひさかたののの久方2463
- 2天天あま光光てるるる月月つきののの天光月
- 3隱隱かくりりりなばなばなば隱去
- 4何何なにににになぞなぞなぞへへへててて何名副
- 5妹妹いもををを偲偲しぬばばばむむん妹偲
- 6若若みか月月づきののの若月2464
- 7淸淸さやにににももも見見みえええずずず清不見
- 8雲雲くも隱隱がくりりり雲隱
- 9見見みまくまくまくぞぞぞ欲欲ほしきしきしき見欲
- 10うたてうたてうたて此此こののの頃頃ごろ宇多手比日
- 11我我わが背背せ子子こににに我背兒爾2465
- 12吾吾わががが戀戀こひひい居居おれれればばば吾戀居者
- 13吾吾わががが屋戸屋戸やどののの吾屋戸之
- 14草草くささへさへさへ思思おもひひい草佐倍思
- 15うらうらうら枯枯がれれれにににけりけりけり浦乾來
- 16淺淺あさ茅茅じ原原はら朝茅原2466
- 17小小お野野ぬににに標標しめ繩繩なわ小野印
- 18結結ゆふふう空空むな言言ごとををを空事
- 19いかなりいかなりいかなりととといひいひいいててて何在云
- 20君君きみをををししし待待またたたむむん公待
- 21路路みちののの邊邊べののの路邊2467
- 22草草くさ深深ぶか百合百合ゆりののの草深百合之
- 23後後ゆりにににとととふふふ後云
- 24妹妹いもがががいのちいのちいのちををを妹命
- 25我我われ知知しらららめめめやややももも我知
- 26湖湖みなと葦葦あしににに潮葦2468
- 27交交まじれれれるるる草草くさののの交在草
- 28知知しり草草くさののの知草
- 29人人ひとみなみなみな知知しりりりぬぬぬ人皆知
- 30吾吾わががが下下した思思おもい吾裏念
現代語訳
〔2463〕(ひさかたの)天に照る月が隠れてしまったら、何になぞらえて、いとしい人を偲ぼうか。
〔2464〕三日月のように、はっきりとも見えないで雲に隠れて、見たくてたまらない、ますますこの頃は。
〔2465〕あなたを私が恋しく思っていると、わが家の庭の草までも思い沈んで、うら枯れてしまった。
〔2466〕浅茅原の小野に標縄を結うような、むなしい言葉を、どういうことだと言って、あなたを待っていようか。
〔2467〕道のほとりの草深い中の百合の「ゆり」ではないが、後でと言う、いとしい人の命の長さを、私が知ろうか。
〔2468〕湊の葦に交じって生えている知草の名のように、人はみな知ってしまった、私の心の内の思いを。
意訳
月と草に寄せた恋の歌である。月が隠れたら何に寄せて恋人を偲ぼうかという歌、雲に隠れる三日月のように見えない恋人への思い、恋の悩みで庭の草まで枯れたという誇張、浅茅原に標縄を結うようなあてにならない約束で待つ嘆き、後でという恋人の言葉に命の短さを思う歌、知草の名に寄せて秘めた思いを人に知られた歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- なぞへて
- なぞらえて。
- うたて
- ますます、ひどく。
- 空言
- 「むなごと」。むなしい言葉、空約束。
- 後
- 「ゆり」。後。百合と同音。
- 下思
- 「したおもひ」。心の内に秘めた思い。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2463〜2468番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。月・草に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2464番の上三句が「見まく」を、2467番の上二句が「ゆり」を、2468番の上三句が「知り」を導く。
- 掛詞
- 2467番の「百合」と「後(ゆり)」。
解説
草の名に心情を寄せる技法が、この歌群によく見える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、433頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、497頁(コマ12)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日