万葉集 巻第十一 2457〜2462番
大野らに 小雨降りしく
大野に小雨が降りしきる木の下で、時を選んで寄って来い、我が思う人よ。朝霜が消えるように消えそうに思い、どうしてこの夜を明かそうか。夫が浜を行く風のようにいよいよ急ぎ、急ぐ言葉がまさって逢えずにいるのか。遠妻が振り仰いで見ているだろうこの月に雲よたなびくな。山の端に出る月のようにちらりと妹を見て恋しい。妹が私を思うなら、鏡のように照る月の影に見えて来い。雨・霜・風・月に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1大大おお野野ぬらららににに大野2457
- 2小小こ雨雨さめ降降ふりりりしくしくしく小雨被敷
- 3木木こののの下下もとににに木本
- 4時時ときととと依依よりりり來來こよよよ時依來
- 5我我わががが念念おもふふう人人ひと我念人
- 6朝朝あさ霜霜しもののの朝霜2458
- 7消消けなななばばば消消けぬぬぬべくべくべく消消
- 8念念おもひひいつつつつつつ念乍
- 9いかにいかにいかに此此こののの夜夜よををを何此夜
- 10明明あかしししなむなむなんかもかもかも明鴨
- 11吾吾わが背背せ子子こががが吾背兒我2459
- 12濱濱はま行行ゆくくく風風かぜののの濱行風
- 13いやいやいや急急はやににに彌急
- 14急急はや事事こと益益ましししててて急事益
- 15逢逢あははわずずずかかかもももあらあらあらむむん不相有
- 16遠遠とお妹妹づまののの遠妹2460
- 17振振ふり仰仰さけけけ見見みつつつつつつ振仰見
- 18偲偲しぬぶぶぶらむらむらん偲
- 19このこのこの月月つきののの面面おもににに是月面
- 20雲雲くもななな棚棚たな引引びききき雲勿棚引
- 21山山やまののの端端はににに山葉2461
- 22さしさしさし出出いづるづるずる月月つきののの進出月
- 23はつはつはつはつはつはつににに端端
- 24妹妹いもをををぞぞぞ見見みつるつるつる妹見鶴
- 25戀戀こいしきしきしきまでまでまでににに及戀
- 26我我わぎ妹妹も子子こししし我妹2462
- 27吾吾われををを念念おもははわばばば吾矣念者
- 28まそまそまそ鏡鏡かがみ眞鏡
- 29照照てりりり出出いづるづるずる月月つきののの照出月
- 30影影かげににに見見みえええ來來こねねね影所見來
現代語訳
〔2457〕広い野に小雨が降りしきる木の下に、時を見はからって寄って来い、私の思う人よ。
〔2458〕朝霜が消えるように、消えてしまいそうに思いながら、どうやってこの夜を明かそうか。
〔2459〕あの人が浜を行く風のように、いよいよ急に、急ぐ用事がまさって、逢わずにいるのだろうか。
〔2460〕遠くにいる妻が振り仰いで見ながら偲んでいるであろう、この月の面に、雲よたなびかないでおくれ。
〔2461〕山の端に差し出る月のように、ほんの少しいとしい人を見た。恋しくなるほどに。
〔2462〕いとしい人が私を思っているなら、(まそ鏡)照り出る月の光の中に、姿が見えて来てほしい。
意訳
雨・霜・風・月に寄せた恋の歌である。小雨の降る木の下で恋人を待つ歌、朝霜のように消えそうな思いで長い夜を過ごす歌、急ぐ用事にかまけて来ない恋人を嘆く歌、遠い妻も見ているであろう月に雲よかかるなと願う歌、山の端の月のようにちらりと見た人を恋しく思う歌、恋人が思ってくれるなら月の光の中に姿を見せてほしいと願う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 時と依り來よ
- 時機を見て寄って来い。
- 急事
- 「はやこと」。急ぎの用事。
- 遠妹
- 「とほづま」。遠くにいる妻。
- はつはつに
- ほんの少し。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2457〜2462番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。雨・霜・風・月に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2458番の上二句が「消ぬべく」を、2461番の上二句が「はつはつに」を導く。
- 枕詞
- 2462番の「まそ鏡」が「照り」にかかる。
解説
離れた二人が同じ月を見るという発想は、2460番にもっともはっきり表れている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、432頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、496頁(コマ12)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日