万葉集 巻第十一 2451〜2456番
天雲の 依り合ひ遠み
天雲の寄り合う果てほど遠くて逢えなくとも、ほかの人の手枕はしまい。雲が立つようにはっきり心を晴らして見よう、じかに逢うまで。葛城山に立つ雲のように立っても座っても妹を思う。春日山が雲に隠れるほど遠くても家は思わず君を思う。私のために噂を立てられた妹は高山の峰の朝霧のように消えたか。黒髪山の山草に小雨が降るようにしきりに思われる。雲・霧・雨に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1天天あま雲雲ぐもののの天雲2451
- 2依依よりりり合合あひひい遠遠とおみみみ依相遠
- 3逢逢あははわずずずともともとも雖不相
- 4異異こと手手た枕枕まくらををを異手枕
- 5吾吾われ纏纏まかかかめめめやややももも吾纏哉
- 6雲雲くもだにだにだにももも雲谷2452
- 7著著しるくくくししし發發たたたたばばば灼發
- 8意意こころ遣遣やりりり意追
- 9見見みつつつつつつももも居居おらららむむん見乍爲
- 10直直ただににに逢逢あふふうまでまでまでににに及直相
- 11春春はる楊楊やなぎ春楊2453
- 12葛城葛城かつらぎ山山やまににに葛山
- 13發發たつつつ雲雲くもののの發雲
- 14立立たちちちてててももも坐坐いてててももも立座
- 15妹妹いもをををしししぞぞぞ念念おもふふう妹念
- 16春日春日かすが山山やま春日山2454
- 17雲雲くも居居い隱隱がくりりり雲座隱
- 18遠遠とおけどけどけどももも雖遠
- 19家家いえははは思思おもははわずずず家不念
- 20君君きみをををしししぞぞぞ念念おもふふう公念
- 21我我わががが故故ゆえににに我故2455
- 22云云いははわれれれししし妹妹いもははは所云妹
- 23高高たか山山やまののの高山之
- 24岑岑みねののの朝朝あさ霧霧ぎり岑朝霧
- 25過過すぎぎぎにににけむけむけんかもかもかも過兼鴨
- 26ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉2456
- 27黑黑くろ髮髮かみ山山やまののの黑髮山
- 28山山やま草草くさににに山草
- 29小小こ雨雨さめ零零ふりりりしきしきしき小雨零敷
- 30しくしくしくしくしくしく思思おもほゆほゆおゆ益益所思
現代語訳
〔2451〕天雲が寄り合う果てほど遠いので、逢えないとしても、ほかの人の手枕を、私がするものか。
〔2452〕せめて雲だけでもはっきりと立ってくれたら、心を晴らして眺めていよう、じかに逢うまでは。
〔2453〕(春楊)葛城山に立つ雲のように、立っていても座っていても、いとしい人のことを思う。
〔2454〕春日山が雲に隠れて遠いように、遠く離れていても、家のことは思わずに、あなたのことを思う。
〔2455〕私のせいで噂を立てられた人は、高い山の峰の朝霧のように、消えてしまったのだろうか。
〔2456〕(ぬばたまの)黒髪山の山草に小雨がしきりに降るように、しきりに思われることだ。
意訳
雲・霧・雨に寄せた恋の歌である。遠く離れても他の人と共寝はしないという誓い、雲が立てばそれを見て心を慰めようという思い、葛城山に立つ雲に寄せて立っても座っても恋人を思う歌、旅先で家のことより恋人を思う歌、自分のせいで噂になった恋人が朝霧のように消えたかと案じる歌、山草に降る小雨のようにしきりに思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 依り合ひ遠み
- 天と地の寄り合う果てのように遠いので。
- 異手枕
- ほかの人の手枕。
- 意遣り
- 心を晴らすこと。
- 春楊
- 「かづら」に寄せて「葛城」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2451〜2456番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。雲・霧・雨に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2453番の上三句が「立ち」を、2455番の上二句が「過ぎ」を、2456番の上四句が「しくしく」を導く。
解説
2453番は、葛城山の雲の「立つ」から「立ちても坐ても」を導く、人麻呂歌集に多い序詞の型である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、432頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、496頁(コマ12)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日