万葉集 巻第十一 2433〜2437番
水の上に 數書く如き
水の上に数を書くようにはかない命を、妹に逢おうと神に祈った。荒磯を越えて外へ行く波のような外心は持たない、恋い死んでも。近江の海の沖の白波のように知らないが、妹は七日越えて来いと言う。香取の海に碇をおろすように、物思いしない人などあろうか。沖の藻を隠す幾重もの波のように恋い続ける。水と海に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1水水みずののの上上うえににに水上2433
- 2數數かず書書かくくく如如ごとききき如數書
- 3吾吾わががが命命いのちををを吾命
- 4妹妹いもににに逢逢あははわむむんととと妹相
- 5祈誓祈誓うけひひひつるつるつるかもかもかも受日鶴鴨
- 6荒荒あり磯磯そ越越こえええ荒礒越2434
- 7外外ほかゆくゆくゆく波波なみののの外往波乃
- 8外外ほかごころごころごころ外心
- 9吾吾われははは思思おもははわじじじ吾者不思
- 10戀戀こひひいててて死死しぬぬぬともともとも戀而死鞆
- 11淡海淡海おうみののの海海うみ淡海海2435
- 12おきおきおきつつつ白白しら浪浪なみ奧白浪
- 13知知しらららねねねどもどもども雖不知
- 14妹妹いもががが云云いへへえらくらくらく妹所云
- 15七日七日なぬか越越こえええ來來こよよよ七日越來
- 16大大おお船船ぶねののの大船2436
- 17香取香取かとりののの海海うみににに香取海
- 18碇碇いかりおろしおろしおろし慍下
- 19如何如何いかなるなるなる人人ひとかかか何有人
- 20物物もの念念おもははわざらざらざらむむん物不念有
- 21沖沖おきつつつ藻藻もををを奧藻2437
- 22隱隱かくさふさふさう浪浪なみののの隱障浪
- 23五百五百いお重重へ浪浪なみ五百重浪
- 24千千ち重重へしくしくしくしくしくしくににに千重敷敷
- 25戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀度鴨
現代語訳
〔2433〕水の上に数を書くようにはかない私の命なのに、いとしい人に逢おうと、神に祈ったことだ。
〔2434〕荒磯を越えて外へ行く波のような、よそに向く心を私は持つまい。恋い死にしようとも。
〔2435〕近江の海の沖の白波のように、どんな道かは知らないけれど、いとしい人が言うには、七日かけてでも越えて来いと。
〔2436〕大船が香取の海に碇をおろすように、どんな人が物思いをしないでいられようか。
〔2437〕沖の藻を隠す幾重もの波のように、千重にもしきりに恋い続けることだ。
意訳
水と海に寄せた恋の歌である。水に書く数のようにはかない命でも恋人に逢えるよう祈り、荒磯を越える波のように心を他に移すことはしないと誓い、近江の海の白波に寄せて恋人の言葉を思い返し、香取の海の碇に寄せて誰もが物思いをすると歌い、沖の藻を隠す幾重もの波のように恋い続ける歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 數書く如き
- 水に数を書くようにはかない。仏典の比喩による。
- 祈誓ふ
- 「うけふ」。神に誓って祈る。
- 外ごころ
- 他に向く心、浮気心。
- しくしくに
- しきりに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2433〜2437番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。水・海に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2434番の上二句が「外ごころ」を、2436番の上三句が「如何」を、2437番の上三句が「千重しくしくに」を導く。
解説
2433番の「水の上に數書く」は、『涅槃経』の「水に書くが如し」に由来するとされる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、431頁(コマ8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、494頁(コマ11)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日