万葉集 巻第十一 2427〜2432番
是川の 瀨瀨のしき浪
宇治川の瀬々に寄せる波のように妹が心にのしかかる。宇治の早瀬のように今は逢えなくとも後は我が妻。逢えない子のために宇治川の瀬で裳裾を濡らした。泡を巻いて流れる水のように引き返さない思い。鴨川の後瀬のように後で逢おう。激つ山川のような心を塞きかねる。川に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1是川是川うじがわののの是川2427
- 2瀨瀨せ瀨瀨ぜのののしきしきしき浪浪なみ瀨瀨敷浪
- 3しくしくしくしくしくしくににに布布
- 4妹妹いもががが心心こころににに妹心
- 5乘乘のりりりにににけるけるけるかもかもかも乘在鴨
- 6ちはやちはやちわや人人ひと千早人2428
- 7宇治宇治うじののの渡渡わたりののの宇治度
- 8はやきはやきはやき瀨瀨せににに速瀨
- 9逢逢あははわずずずありありありともともとも不相有
- 10後後のちははは我我わががが妻妻つま後我孋
- 11愛愛はしきしきしきやしやしやし早敷哉2429
- 12逢逢あははわぬぬぬ子子こゆゑゆゑゆえににに不相子故
- 13徒徒いたずらららににに徒
- 14是川是川うじがわののの瀨瀨せににに是川瀨
- 15裳裳も裾裾すそ潤潤ぬらしらしらしつつつ裳襴潤
- 16是川是川うじがわののの是川2430
- 17水水みな泡泡わ逆逆さか卷卷まききき水阿和逆纏
- 18行行ゆくくく水水みずののの行水
- 19ことことこと反反かえらららずずずぞぞぞ事不反
- 20思思おもひひい始始そめめめてててししし思始爲
- 21鴨鴨かも川川がはののの鴨川2431
- 22後後のち瀨瀨せ靜靜しずけくけくけく後瀨靜
- 23後後のちももも逢逢あははわむむん後相
- 24妹妹いもにににははは我我われははは妹者我
- 25今今いまならならならずずずともともとも雖不今
- 26言言ことににに出出いでででててて言出2432
- 27云云いははわばばばゆゆしみゆゆしみゆゆしみ云忌忌
- 28山山やま川川がわののの山川之
- 29激激たぎつつつ心心こころははは當都心
- 30塞塞せきききあへあへあえにににたりたりたり塞耐在
現代語訳
〔2427〕宇治川の瀬々にしきりに寄せる波のように、しきりにいとしい人のことが、心にのしかかってしまったことだ。
〔2428〕(ちはや人)宇治の渡しの早い瀬のように、今は逢えなくても、後には私の妻だ。
〔2429〕ああ、逢ってくれない子のために、むなしく宇治川の瀬で裳の裾を濡らしてしまった。
〔2430〕宇治川の水泡を逆巻いて流れる水のように、後戻りすることなく思い始めたのだ。
〔2431〕鴨川の後の瀬が静かなように、後にでも逢おう。いとしい人には私は、今でなくても。
〔2432〕言葉に出して言えば恐れ多いので、山川の激しく流れるような心を、塞きとめかねている。
意訳
川に寄せた恋の歌である。宇治川の瀬々に寄せる波のように恋人が心にのしかかり、早瀬のように今は逢えなくても後には必ず妻にすると誓い、逢えない人のために川を渡って裳裾を濡らす。逆巻く水のように引き返さない思い、鴨川の後瀬の静けさに寄せて後に逢おうと言う歌、山川のように激しい心を抑えかねる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 是川
- 「うぢがは」。宇治川。
- しくしくに
- しきりに。
- ちはや人
- 「宇治」にかかる枕詞。
- こと反らず
- 後戻りしないで。
- 塞きあへにたり
- 塞きとめかねている。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2427〜2432番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。川に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 各首の上二、三句が川の景を述べて下の句を導く。
- 枕詞
- 2428番の「ちはや人」が「宇治」にかかる。
解説
白文の「是川」は、「是」を「うぢ」と訓む人麻呂歌集独特の表記で、宇治川を指す。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、430頁(コマ8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、494頁(コマ11)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日