万葉集 巻第十一 2421〜2426番
くる路は 石踏む山の
来る道に石を踏む山がなければいいのに、待つ君の馬がつまずく。隔てる山はないのに逢えない日が多く恋い続ける。深津島山のようにしばらくも君に逢えないと苦しい。能登香の山は誰のためか、君が来たのに紐を開けずに寝よう。山科の木幡の山を馬はあるのに歩いて来た、汝を思いかねて。遠山の霞のように遠くて妹を見ずに恋う。山に寄せた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1くるくるくる路路みちははは繆路者2421
- 2石石いわ踏踏ふむむむ山山やまののの石蹈山
- 3無無なくくくもがもがもがももも無鴨
- 4吾吾わががが待待まつつつ君君きみががが吾待公
- 5馬馬うま躓躓つまずくくくににに馬爪盡
- 6石石いわ根根ね踏踏ふみみみ石根蹈2422
- 7隔隔へなれれれるるる山山やまははは重成山
- 8あらあらあらねねねどもどもども雖不有
- 9逢逢あははわぬぬぬ日日ひ數多數多まねみみみ不相日數
- 10戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀度鴨
- 11路路みちののの後後しり路後2423
- 12深津深津ふかつ島島しま山山やま深津島山
- 13暫暫しましくくくももも暫
- 14君君きみががが目目め見見みねねねばばば君目不見
- 15苦苦くるしかりしかりしかりけりけりけり苦有
- 16紐紐ひも鏡鏡かがみ紐鏡2424
- 17能登香能登香のとかののの山山やまははは能登香山
- 18誰誰たれゆゑゆゑゆえぞぞぞ誰故
- 19君君きみ來來きませませませるるるににに君來座在
- 20紐紐ひもあけあけあけずずず寐寐ねむむむ紐不開寐
- 21山科山科やましなののの山科2425
- 22木幡木幡こはたののの山山やまををを强田山
- 23馬馬うまはははあれあれあれどどど馬雖在
- 24步步かちゆゆゆ吾吾わががが來來こししし步吾來
- 25汝汝なををを念念おもひひいかねかねかね汝念不得
- 26遠遠とお山山やまののの遠山2426
- 27霞霞かすみ被被かがうりりり霞被
- 28いやいやいや遠遠とおににに益遐
- 29妹妹いもががが目目め見見みずずずててて妹目不見
- 30吾吾わががが戀戀こふるふるうるかもかもかも吾戀
現代語訳
〔2421〕あの方が来る道には、石を踏む山がなければよいのに。私の待つあの方の馬がつまずくので。
〔2422〕岩を踏んで越えるような隔ての山はないけれども、逢えない日が多いので、恋い続けることだ。
〔2423〕(路の後)深津島山のように、しばらくでもあなたの顔を見ないと、苦しいことだ。
〔2424〕(紐鏡)能登香の山の名のように、誰のためでもなく、あなたがおいでになったのに、紐を開けずに寝ようか。
〔2425〕山科の木幡の山を、馬はあるけれども歩いて私は来た。あなたを思う心をこらえかねて。
〔2426〕遠い山が霞をかぶって遠く見えるように、いよいよ遠く、いとしい人の顔を見ずに、私は恋い続けることだ。
意訳
山に寄せた恋の歌である。恋人の馬がつまずかないよう道に石の山がなければと願う女、隔てる山もないのに逢えない嘆き、深津島山に寄せて少しの間も逢えない苦しさ、能登香山の名に寄せて訪れた恋人を迎える心、馬を用意する間も待てず歩いて木幡の山を越えて来た男、霞に隠れる遠山のように遠く離れた恋人を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 躓く
- 「つまづく」。馬がつまずく。
- 路の後
- 「みちのしり」。備後の古名。「深津」にかかる。
- 紐鏡
- 鏡の紐を「な解きそ」の意で「能登香」にかかる枕詞。
- 步
- 「かち」。徒歩。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2421〜2426番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 寄物陳思。山に寄せた歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2423番の上二句が「暫くも」を、2426番の上二句が「いや遠に」を導く。
- 枕詞
- 2424番の「紐鏡」が「能登香」にかかる。
解説
2425番は、馬の用意を待てないほど恋人に逢いたい気持ちを、徒歩で来たと具体的に描いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、430頁(コマ8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、493頁(コマ10)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日