万葉集 巻第十一 2410〜2414番
あらたまの 年は果つれど
年は暮れても袖を交わした子を忘れるものか。白い袖をちらりと見たためにこんな恋をする。妹を恋うてどうしようもなく夢に見ようとしても眠れない。わけもなく私の下紐を解かせた、直接逢うまで人に知らせるな。恋しさの晴らしようもなく出て行くと、山も川も知らずに来てしまった。人麻呂歌集の正述心緒の終わり五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1あらたまあらたまあらたまののの璞之2410
- 2年年としははは果果はつれつれつれどどど年者竟杼
- 3敷敷しき妙妙たえののの敷白之
- 4袖袖そで交交かへへへししし子子こををを袖易子少
- 5忘忘わすれれれててて念念おもへへえややや忘而念哉
- 6白白しろ細細たえ布布の白細布2411
- 7袖袖そでをををはつはつはつはつはつはつ袖小端
- 8見見みししし故故からににに見柄
- 9斯斯かかるかるかる戀戀こいをををももも如是有戀
- 10吾吾われはははするするするかもかもかも吾爲鴨
- 11我我わぎ妹妹も子子こににに我妹2412
- 12戀戀こひひい術術すべなかりなかりなかり戀無乏
- 13夢夢いめににに見見みむむむととと夢見
- 14吾吾われははは念念おもへへえどどど吾雖念
- 15寐寐いねねねらえらえらえなくなくなくににに不所寐
- 16故故ゆえももも無無なくくく故無2413
- 17吾吾わががが下下した紐紐ひもををを吾裏紐
- 18解解とかかかしめしめしめつつつ令解
- 19人人ひとにににななな知知しらせらせらせ人莫知
- 20直直ただににに逢逢あふふうまでまでまで及正逢
- 21戀戀こふるふるうることことこと戀事2414
- 22意意こころ遣遣やりりりかねかねかね意追不得
- 23出出いででで行行ゆけけけばばば出行者
- 24山山やまももも川川かはをををももも山川
- 25知知しらららずずず來來きにににけりけりけり不知來
現代語訳
〔2410〕(あらたまの)年は暮れてしまったけれど、(敷妙の)袖を交わして共寝したあの子を、忘れるものか。
〔2411〕白い布の袖をほんの少し見たばかりに、このような恋を私はすることだ。
〔2412〕いとしい人を恋しく思ってどうしようもなく、夢に見ようと私は思うけれど、眠ることもできないのに。
〔2413〕わけもなく私の下紐を解かせた。人には知らせないでください、じかに逢うまでは。
〔2414〕恋しく思う心を晴らしかねて出て行くと、山も川も気づかずにここまで来てしまった。
意訳
人麻呂歌集の正述心緒の歌の結びである。年が改まっても共寝した人は忘れないという歌、白い袖をちらりと見ただけで深い恋に落ちた男、夢で逢おうとしても恋しさで眠れない夜、下紐がひとりでに解けたのを恋人が思っているしるしとし、逢うまで人に知らせるなと願う歌、恋しさのあまり山も川も目に入らずさまよう歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- はつはつ
- ほんの少し。
- 見し故に
- 「みしから」。見たために。
- 下紐
- 下着の紐。人に思われると解けるとされた。
- 意遣り
- 「こころやり」。心を晴らすこと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2410〜2414番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 「あらたまの」が「年」に、「敷妙の」が「袖」にかかる。
解説
2414番は、恋に心を奪われて我を忘れるさまを、山も川も知らずに来たと具体的に描いて印象深い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、429頁(コマ7)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、492頁(コマ10)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日