万葉集 巻第十一 2398〜2403番
年きはる 世まで定めて
命の果てまでと約束して頼みにした君のせいで噂がうるさい。肌に触れずに寝ても心を他に移しはしない。ひどく正気を失うまで思うのは恋ゆえだ。恋い死ぬなら死ねというのか妹は家の門を通り過ぎる。妹の家のあたりが遠く見えると、逢うすべがなくて恋しい。玉久世の清い河原で身を清めて祈る命は妹のため。正述心緒の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1年年としきはるきはるきわる年切2398
- 2世世よまでまでまで定定さだめめめててて及世定
- 3恃恃たのめめめたるたるたる恃
- 4君君きみににによりてよりてよりてししし公依
- 5言言ことののの繁繁しげけくけくけく事繁
- 6朱朱あからひくらひくらいく朱引2399
- 7膚膚はだににに觸觸ふれれれずずずててて秦不經
- 8寢寢ねたれたれたれどもどもども雖寐
- 9心心こころををを異異けしくしくしく心異
- 10我我わががが念念おもははわなくなくなくににに我不念
- 11いでいでいで如何如何いかににに伊田何2400
- 12極極ここだ太甚太甚はなはだししし極太甚
- 13利利と心心ごころののの利心
- 14失失うするするするまでまでまで念念おもふふう及失念
- 15戀戀こふらくふらくうらくののの故故ゆえ戀故
- 16戀戀こひひい死死しなななばばば戀死2401
- 17戀戀こひひいももも死死しねねねとととややや戀死哉
- 18我我わぎ妹妹も子子こががが我妹
- 19吾吾わぎ家家へののの門門かどををを吾家門
- 20過過すぎぎぎててて行行ゆくくくらむらむらん過行
- 21妹妹いもがががあたりあたりあたり妹當2402
- 22遠遠とおくくく見見みゆれゆれゆればばば遠見者
- 23恠恠あやしくしくしくももも恠
- 24吾吾われはははぞぞぞ戀戀こふるふるうる吾戀
- 25逢逢あふふう由由よしををを無無なみみみ相依無
- 26玉玉たま久世久世くぜののの玉久世2403
- 27淸淸きよききき河河かわ原原らににに清河原
- 28身身み祓祓そぎしてしてして身秡爲
- 29齋齋いわふふういのちいのちいのちははは齋命
- 30妹妹いもががが爲爲ためなりなりなり妹爲
現代語訳
〔2398〕(年きはる)命の果てまでと約束して頼みにさせたあなたのせいで、人の噂がうるさいことだ。
〔2399〕(朱らひく)肌に触れずに寝たけれども、心を他の人に移すことなど、私は思ってもいないのに。
〔2400〕いったいどうして、これほどまでに、しっかりした心を失うほど思うのだろう。恋しく思うゆえに。
〔2401〕恋い死ぬなら恋い死ねというのか。いとしい人が、わが家の門を素通りして行くのだろう。
〔2402〕いとしい人の家のあたりが遠くに見えるので、不思議なほど私は恋しく思う。逢う手立てがないので。
〔2403〕玉久世の清らかな河原で身を清めて、神に祈るこの命は、いとしい人のためなのだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。命の果てまでと約束した人のせいで噂が立つ歌、共寝はしなくても心変わりはしないという誓い、正気を失うほどの恋、家の門を素通りする恋人へのうらみ、遠くに見える恋人の家への思い、河原で身を清めて命長かれと祈るのは恋人のためだという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 年きはる
- 年の極まる、命の果ての意か。「世」にかかる。
- 異しく
- 「けしく」。異なって、他に移って。
- 利心
- 「とごころ」。しっかりした心、正気。
- 身祓
- 「みそぎ」。川で身を清めること。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2398〜2403番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 2399番の「朱らひく」が「膚」にかかる。
解説
2403番の禊は、命の長からんことを神に祈る儀礼で、それを恋人のためと言うところに真情がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、428頁(コマ7)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、491頁(コマ9)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日