万葉集 巻第十一 2387〜2391番
日暮れなば 人知りぬべみ
日が暮れたら人に知られそうなので、今日一日が千年のように長くあってほしい。立っても座っても手立てもなく思うが、妹に告げないので使いも来ない。この夜よ明けるな、朝帰る君を待つのは苦しい。恋に死ぬものならば千度も死んでは生き返るだろう。ほんの少し昨夕見たのに今朝恋しいとは。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1日日ひ暮暮くれれれなばなばなば日促2387
- 2人人ひと知知しりりりぬぬぬべみべみべみ人可知
- 3今日今日きょうののの日日ひののの今日
- 4千千ち歲歲とせののの如如ごとくくく如千歲
- 5在在ありりりこせこせこせぬぬぬかもかもかも有與鴨
- 6立立たちちちててて坐坐いててて立座2388
- 7たどきたどきたどきももも知知しらららににに態不知
- 8思思おもへへえどもどもども雖念
- 9妹妹いもににに告告つげげげねねねばばば妹不告
- 10間間ま使使づかいももも來來こずずず間使不來
- 11ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉2389
- 12このこのこの夜夜よななな明明あけけけそそそ是夜莫明
- 13朱朱あからびくらびくらびく朱引
- 14朝朝あさ行行ゆくくく君君きみををを朝行公
- 15待待またたたばばば苦苦くるしししももも待苦
- 16戀戀こいするするするににに戀爲2390
- 17死死しにするするするものものものににに死爲物
- 18あらあらあらませませませばばば有者
- 19我我わががが身身みははは千千ち遍遍たび我身千遍
- 20死死しに反反かえらららましましまし死反
- 21玉玉たまゆらゆらゆらににに玉響2391
- 22昨日昨日きのうののの夕夕ゆうべ昨夕
- 23見見みしししものものものををを見物
- 24今日今日きょうののの朝朝あしたににに今朝
- 25戀戀こふふうべきべきべきものものものかかか可戀物
現代語訳
〔2387〕日が暮れてしまったら人に知られてしまいそうなので、今日一日が千年のように続いてくれないものか。
〔2388〕立ったり座ったりして、どうしてよいかわからずに思っているけれど、いとしい人に告げないので、使いも来ない。
〔2389〕(ぬばたまの)この夜よ、明けないでおくれ。(朱らびく)朝に帰って行くあなたを、また待つのはつらいから。
〔2390〕恋をして死ぬものであったなら、私の身は千度も死んでは生き返ったことだろう。
〔2391〕ほんの少しの間、昨日の夕方に逢ったばかりなのに、今日の朝にこうも恋しくてよいものか。
意訳
正述心緒の歌の続きである。日が暮れれば恋人のもとへ通うのが人に知られるので今日がずっと続いてほしいと願う歌、どうしてよいかわからず思うだけで告げられない恋、朝に帰る恋人をまた待つのはつらいから夜よ明けるなという願い、恋で死ぬなら千度死んでいるという誇張、昨夕逢ったばかりなのに今朝もう恋しいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- べみ
- …しそうなので。
- たどき
- 手立て。
- 朱らびく
- 赤みを帯びた。「朝」にかかる。
- 玉ゆらに
- ほんのしばらく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2387〜2391番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 誇張
- 2390番の「千遍死に反らまし」。
- 枕詞
- 2389番の「ぬばたまの」が「夜」にかかる。
解説
2391番の「玉響」は「たまゆら」と訓まれ、のちに「わずかの間」を表す語として広まった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、427頁(コマ6)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、490頁(コマ9)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日