万葉集 巻第十一 2381〜2386番
君が目を 見まく欲りして
君に逢いたくて、この二夜を千年のように恋しく思う。宮道を人は満ちて行くが、思う君はただ一人。世の中は常にこうだと思っても忘れられず恋い続ける。夫が無事だと告げに来る人も来ないか。五年経っても跡のない恋がやまない。岩さえ通すますらおも恋は後悔した。正述心緒の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1君君きみががが目目めををを公目2381
- 2見見みまくまくまく欲欲ほりりりしてしてして見欲
- 3このこのこの二二ふた夜夜よ是二夜
- 4千千ち歲歲とせののの如如ごとももも千歲如
- 5吾吾わががが戀戀こふるふるうるかもかもかも吾戀哉
- 6うちうちうち日日ひさすさすさす打日刺2382
- 7宮宮みや道道じををを人人ひとははは宮道人
- 8滿滿みちちち行行ゆけけけどどど雖滿行
- 9吾吾わががが念念おもふふう公公きみははは吾念公
- 10ただただただ一一ひと人人りのみのみのみ正一人
- 11世世よののの中中なかははは世中2383
- 12常常つね斯斯かくくくのみのみのみととと常如
- 13念念おもへへえどもどもども雖念
- 14半手半手はたて忘忘わすれれれずずず半手不忘
- 15猶猶なお戀戀こひひいにににけりけりけり猶戀在
- 16我我わががが背背せ子子こははは我勢古波2384
- 17幸幸さきくくく坐坐いますすすととと幸座
- 18遍遍かえりりり來來きててて遍來
- 19我我われににに告告つげげげ來來こむむむ我告來
- 20人人ひとももも來來こぬぬぬかもかもかも人來鴨
- 21あらたまあらたまあらたまののの麁玉2385
- 22五五いつ年年とせ經經ふれれれどどど五年雖經
- 23吾吾わががが戀戀こいののの吾戀
- 24跡跡あと無無なききき戀戀こいののの跡無戀
- 25止止やまままずずず恠恠あやしししももも不止恠
- 26石石いわすらすらすら石尙2386
- 27行行ゆききき通通とおるるるべきべきべき行應通
- 28健男健男ますらおももも建男
- 29戀戀こいとととふふふ事事ことははは戀云事
- 30後後のち悔悔くいいいにににけりけりけり後悔在
現代語訳
〔2381〕あなたの顔を見たいと思って、この二夜を、千年のように私は恋しく思っていることだ。
〔2382〕(うち日さす)宮へ行く道を人はいっぱいに行くけれど、私が思うあの方はただ一人だけだ。
〔2383〕世の中はいつもこういうものだと思うけれども、少しも忘れられずに、やはり恋しく思ってしまった。
〔2384〕私の夫は無事でいらっしゃると、帰って来て私に告げてくれる人も、来ないものだろうか。
〔2385〕(あらたまの)五年が経ったけれども、私の恋の、跡かたもない恋がやまないのは不思議なことだ。
〔2386〕岩さえも貫き通すはずの勇ましい男も、恋ということについては、後悔してしまった。
意訳
正述心緒の歌の続きである。二夜逢えないだけで千年のように長く感じる恋、宮道を行き交う大勢の中でただ一人の恋人を思う心、世の常とあきらめようとしても忘れられない思い、旅の夫の無事を告げに来る人を待つ妻、五年経っても実らないのに消えない恋、岩をも通す勇士も恋には後悔するという嘆きが歌われる。
語釈・文法注
文法・本文
- 見まく欲り
- 見たいと思って。
- 半手
- 「はたて」。少しも、端まで。
- 跡無き
- 跡かたもない、実りのない。
- 後悔いにけり
- 後悔してしまった。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2381〜2386番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 誇張
- 2381番の「二夜」を「千歲の如く」とする。
- 枕詞
- 「うち日さす」が「宮」に、「あらたまの」が「年」にかかる。
解説
宮道を行き交う大勢の人の中の「ただ一人」を思う2382番は、都の賑わいを背景にした恋の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、427頁(コマ6)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、490頁(コマ9)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日