万葉集 巻第十一 2375〜2380番
吾ゆ後 生れむ人は
後に生まれる人は私のように恋する道に逢うな。ますらおの正気も失い夜昼となく恋い続ける。何のために命を続けよう、恋しない前に死ねばよかった。来ない君をどうして、厭わずに恋い続ける私。見渡せば近い渡りを廻り道して今来るかと恋う。いとしい人は誰が妨げたのか、道を見忘れて君が来ない。正述心緒の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1吾吾われゆゆゆ後後のち吾以後2375
- 2生生うまれれれむむん人人ひとははは所生人
- 3吾吾わががが如如ごとくくく如我
- 4戀戀こいするするする道道みちににに戀爲道
- 5あひあひあいこすこすこすななな勤勤ゆめ相與勿湯目
- 6健男健男ますらおののの健男2376
- 7現現うつし心心ごころももも現心
- 8吾吾われははは無無なししし吾無
- 9夜夜よる晝晝ひるととといはいはいわずずず夜晝不云
- 10戀戀こひひいしししわたれわたれわたればばば戀度
- 11何何なにせせせむむんににに何爲2377
- 12命命いのち繼繼つぎぎぎけむけむけん命繼
- 13吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹
- 14戀戀こひひいざるざるざる前前さきににに不戀前
- 15死死しなななましましましものものものををを死物
- 16よしゑやしよしゑやしよしえやし吉惠哉2378
- 17來來きまさまさまさぬぬぬ君君きみををを不來座公
- 18何何なにせせせむむんににに何爲
- 19厭厭いとははわずずず吾吾われははは不厭吾
- 20戀戀こひひいつつつつつつ居居おらららむむん戀乍居
- 21見見みわたせわたせわたせばばば見度2379
- 22近近ちかきききわたりわたりわたりををを近渡乎
- 23徘徊徘徊たもとおりりり回
- 24今今いまややや來來きますますますととと今哉來座
- 25戀戀こひひいつつつつつつぞぞぞ居居おるるる戀居
- 26愛愛はしきしきしきやしやしやし早敷哉2380
- 27誰誰たががが障障さふれふれうれかもかもかも誰障鴨
- 28玉玉たま桙桙ほこののの玉桙
- 29路路みち見見み忘忘わすれれれててて路見遺
- 30君君きみががが來來きまさまさまさぬぬぬ公不來座
現代語訳
〔2375〕私より後に生まれる人は、私のように恋をする道に、決して出逢わないでおくれ。
〔2376〕ますらおとしての正気も私にはない。夜も昼もなく恋い続けているので。
〔2377〕何のために命を長らえたのだろう。いとしい人に恋をする前に、死んでしまえばよかったのに。
〔2378〕ええままよ、来てくださらないあなたを、どうして私は嫌いもせずに恋い続けているのだろう。
〔2379〕見渡すと近くにある渡り場を、廻り道をして、今来るかと恋しく思いながら待っている。
〔2380〕ああ、誰が妨げたのだろうか。(玉桙の)道を見忘れてしまって、あなたが来てくださらない。
意訳
正述心緒の歌の続きである。後の世の人よ自分のような恋はするなという嘆き、ますらおの正気も失うほどの恋、恋をする前に死ねばよかったという思い、来ない人を嫌いもせずに恋い続ける自分へのもどかしさ、近い渡りを廻り道して来る恋人を待つ心、誰かに妨げられて道を忘れたかのように来ない恋人を嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- あひこすな
- 出逢ってくれるな。
- 現心
- 「うつしごころ」。正気。
- 徘徊り
- 「たもとほり」。行きつ戻りつして、廻り道して。
- 障ふれ
- 「さふれ」。妨げる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2375〜2380番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 2380番の「玉桙の」が「路」にかかる。
解説
2375番は、恋の苦しみを後の世の人に警告するという発想が珍しい。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、427頁(コマ6)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、489頁(コマ8)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日