万葉集 巻第十一 2357〜2362番
朝戸出の 君が足結を
朝帰る君の足結を濡らす露原、早く起きて私も裳の裾を濡らそう。どうして命を長く望もう、生きていても妹に逢えないのに。人目が多いので、吹く風ならしばしば逢えるのに。守山辺から毎朝通った君が来ないのは悲しい。天の一つ棚橋をどう行こう、妻は足を飾れという。山城の久世の若者が私を欲しいという。人麻呂歌集の旋頭歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(旋頭歌)
- 1朝朝あさ戸戸と出出でののの朝戸出2357
- 2君君きみががが足足あ結結ゆいををを公足結乎
- 3潤潤ぬらすらすらす露露つゆ原原はら閏露原
- 4早早はやくくく起起おききき早起
- 5出出いでででつつつつつつ吾吾われももも出乍吾毛
- 6裳裳もののの裾裾すそ潤潤ぬらさらさらさななな裳下閏奈
- 7何何なにせせせむむんににに何爲2358
- 8命命いのちをををもとなもとなもとな命本名
- 9永永ながくくく欲欲ほりりりせせせむむん永欲爲
- 10生生いけけけりりりともともとも雖生
- 11吾吾わががが念念おもふふう妹妹いもににに吾念妹
- 12安安やすくくく逢逢あははわなくなくなくににに安不相
- 13息息いきののの緒緒をににに息緒2359
- 14吾吾われははは念念おもへへえどどど吾雖念
- 15人人ひと目目め多多おおみみみこそこそこそ人目多社
- 16吹吹ふくくく風風かぜににに吹風
- 17あらあらあらばばば屢屢しばしば有數數
- 18逢逢あふふうべきべきべきものものものををを應相物
- 19人人ひとののの親親おやののの人祖2360
- 20未通女未通女おとめ兒兒ご居居すゑゑえててて未通女兒居
- 21守守もる山山やま邊邊べからからから守山邊柄
- 22朝朝あさななな朝朝さな朝朝
- 23通通かよひひいししし君君きみががが通公
- 24來來こねねねばばば哀哀かなしししももも不來哀
- 25天天あめなるなるなる天在2361
- 26一一ひとつつつ棚棚たな橋橋はし一棚橋
- 27いかにいかにいかにかかか行行ゆかかかむむん何將行
- 28若若わか草草くさののの穉草
- 29妻妻つまががが云云いへへえらくらくらく妻所云
- 30足足あし莊嚴莊嚴よそひひいせせせよよよ足莊嚴
- 31山城山城やましろののの開木代2362
- 32久世久世くぜののの若若わく子子ごががが來背若子
- 33欲欲ほしししととといふいふいう余余われををを欲云余
- 34あふさわあふさわあうさわににに相狹丸
- 35吾吾われををを欲欲ほしししととといふいふいう吾欲云
- 36山城山城やましろののの久世久世くぜ開木代來背
現代語訳
〔2357〕朝戸を出て帰るあなたの足結を濡らす露の原よ。早く起きて出て行って、私も裳の裾を濡らそう。
〔2358〕どうして命をむやみに長く望むことがあろう。生きていても、私の思う人にはたやすく逢えないのに。
〔2359〕命をかけて私は思っているのだが、人目が多いからこそ逢えない。吹く風であったなら、しばしば逢えるだろうに。
〔2360〕人の親が娘を据えて守っている守山のあたりから、毎朝通ってきたあなたが来ないので悲しい。
〔2361〕天にある一本の棚橋を、どうして渡って行こうか。(若草の)妻が言うには、足を飾ってから来なさいと。
〔2362〕山城の久世の若者が、欲しいという私を、軽々しく私を欲しいという。山城の久世の若者が。
意訳
人麻呂歌集の旋頭歌の続きである。朝帰る恋人の足もとを濡らす露原へ自分も見送りに出ようとする女、恋人に逢えないなら命は惜しくないという嘆き、人目の多さに逢えず風になりたいと願う歌、娘を守る親の目をくぐって通った男が来なくなった悲しみ、天の棚橋を渡る妻問いのたとえ、久世の若者に軽々しく求婚されたことを茶化す民謡風の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 足結
- 「あゆひ」。袴の膝下を結ぶ紐。
- 息の緒に
- 命をかけて。
- 守山
- 娘を「守る」山の意をかける。
- 足莊嚴せよ
- 足を飾れ。
- あふさわに
- 軽々しく、うかつに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2357〜2362番
- 歌体
- 旋頭歌(五七七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 旋頭歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 反復
- 2362番は「山城の久世」を初めと終わりにくり返す。
- 枕詞
- 2361番の「若草の」が「妻」にかかる。
解説
旋頭歌は歌謡に由来し、問答やくり返しの形をとるものが多い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、425頁(コマ5)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、487頁(コマ7)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日