万葉集 巻第十一 2351〜2356番
新室の 壁草刈りに
新築の家の壁草を刈りにおいでなさい、草のように寄り添う娘はあなたの思うままに。新室を踏み鎮める娘の手玉の音、照り輝く君を内へと申し上げよ。泊瀬の槻の下に隠した妻を人が見るだろうか。ますらおの隠した妻も顕れはすまい。いっそ死ねとまで思う妹、高麗錦の紐の片方が床に落ちていた。巻第十一の巻頭、人麻呂歌集の旋頭歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞旋頭歌
- 1新新にい室室むろののの新室2351
- 2壁壁かべ草草くさ刈刈かりりりににに壁草刈邇
- 3坐坐いまししし給給たまははわねねね御座給根
- 4草草くさののの如如ごと草如
- 5依依よりりり合合あふふう未通女未通女おとめははは依逢未通女者
- 6君君きみがががまにまにまにまにまにまに公隨
- 7新新にい室室むろををを新室2352
- 8踏踏ふみみみ鎭鎭しずめめめ子子こししし蹈靜子之
- 9手手た玉玉だま鳴鳴ならすらすらすももも手玉鳴裳
- 10玉玉たまののの如如ごと玉如
- 11照照てりりりたるたるたる君君きみををを所照公乎
- 12內內うちへへへととと白白まおせせせ內等白世
- 13長谷長谷はつせののの長谷2353
- 14五百五百ゆ槻槻つきががが下下もとににに弓槻下
- 15吾吾わががが隱隱かくせせせるるる妻妻つま吾隱在妻
- 16茜茜あかねさしさしさし赤根刺
- 17照照てれれれるるる月月つく夜夜よににに所光月夜邇
- 18人人ひと見見みてててむむんかもかもかも人見點鴨
- 19健男健男ますらおののの健男之2354
- 20念念おもひひい亂亂みだれれれててて念亂而
- 21隱隱かくせせせるるるそのそのその妻妻つま隱在其妻
- 22天天あめ地地つちににに天地
- 23徹徹とおりりり照照てるるるともともとも通雖光
- 24顯顯あらわれれれめめめやややももも所顯目八方
- 25うつくしうつくしうつくしととと惠得2355
- 26吾吾わががが念念おもふふう妹妹いもははは吾念妹者
- 27早早はやももも死死しねねねやややももも早裳死耶
- 28生生いけけけりりりともともとも雖生
- 29吾吾われににに依依よるるるべしべしべしととと吾邇應依
- 30人人ひとののの言言いははわなくなくなくににに人云名國
- 31高麗高麗こま錦錦にしき狛錦2356
- 32紐紐ひもののの片片かた方方へぞぞぞ紐片叙
- 33床床とこににに落落おちちちにににけるけるける床落邇祁留
- 34明日明日あすののの夜夜よししし明夜志
- 35來來きなななむむんととと言言いははわばばば將來得云者
- 36取取とりりり置置おききき待待またたたむむん取置待
現代語訳
〔2351〕新しい家の壁にする草を刈りにおいでください。草がなびき寄るように寄り添う娘は、あなたの思いのままに。
〔2352〕新しい家の床を踏み鎮める娘が、手玉を鳴らしている。玉のように照り輝くあなたを、内へどうぞと申し上げなさい。
〔2353〕泊瀬の五百槻の下に私が隠している妻を、(茜さし)照っている月夜に、人が見つけてしまうだろうか。
〔2354〕ますらおが思い乱れて隠しているその妻は、天地に照り徹る月の光があっても、人目に現れたりするものか。
〔2355〕いとしいと私が思っている人は、いっそ早く死んでしまえばよいのに。生きていても私になびくだろうとは、人は言わないのだから。
〔2356〕高麗錦の紐の片方が、床に落ちていた。明日の夜もまた来ようとおっしゃるなら、取って置いてお待ちしましょう。
意訳
巻第十一は作者未詳の相聞を集めた巻で、巻頭に人麻呂歌集の旋頭歌を置く。新築の祝いの席で娘たちが客を誘う歌、床を踏み鎮める娘の手玉の音、人目を忍んで隠した妻を月夜に見つけられないかと案じる歌と、決して見つかるまいと答える歌、なびかない恋人へのいらだち、恋人が落としていった紐を取って置いて待とうという女の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 新室
- 新築の家。
- 壁草
- 壁の材料にする草。
- 手玉
- 手首につけた玉飾り。
- 五百槻
- 「ゆつき」。枝の茂った槻の木。
- うつくし
- いとしい。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十一・相聞・2351〜2356番
- 歌体
- 旋頭歌(五七七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 旋頭歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 旋頭歌
- 五七七・五七七の形で、上下の句が呼応する。
- 問答
- 2353番と2354番が問いと答えのように並ぶ。
解説
巻第十一・十二は「古今相聞往来歌類」と題され、作者未詳の恋の歌を正述心緒・寄物陳思・問答・譬喩歌などに分類して収める。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、425頁(コマ5)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、487頁(コマ7)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日