万葉集 巻第九 1696〜1698番
衣手の 名木の河邊を
名木川のほとりを春雨の中、私が立って濡れていると、家の者は思っているだろうか。春雨は家の者の使いらしい、避けても私を濡らすので。火にあぶって乾かす人もいないのか、家の者は春雨さえ使いにする。名木川で作った歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞名木河にて作れる歌三首
- 1衣衣ころも手手でののの衣手乃1696
- 2名木名木なぎののの河河かわ邊邊べををを名木之河邊乎
- 3春春はる雨雨さめににに春雨
- 4吾吾われ立立たちちち沾沾ぬるるるととと吾立沾等
- 5家家いえ念念おもふふうらむらむらんかかか家念良武可
- 6家家いえ人人びとののの家人1697
- 7使使つかいなるなるなるらしらしらし使在之
- 8春春はる雨雨さめののの春雨乃
- 9避避よくれくれくれどどど吾吾われををを與久列杼吾乎
- 10沾沾ぬらすらすらす念念おもへへえばばば沾念者
- 11炙炙あぶりりり干干ほすすす焱干1698
- 12人人ひともももあれあれあれやややももも人母在八方
- 13家家いえ人人びとののの家人
- 14春春はる雨雨さめすらすらすらををを春雨須良乎
- 15間間ま使使づかいにににするするする間使爾爲
現代語訳
〔1696〕(衣手の)名木川のほとりを、春雨の中に私が立って濡れていると、家の者は思っているだろうか。
〔1697〕家の者の使いであるらしい、この春雨は。避けても私を濡らすことを思うと。
〔1698〕火にあぶって乾かしてくれる人がいるだろうか、いや、いない。家の者は、春雨さえも使いにしている。
意訳
名木川のほとりで春雨に濡れながら、家の者のことを思う旅の歌である。家の者は自分が雨に濡れていると思っているだろうかと思いやり、避けても濡らす春雨は、自分を思う家の者がよこした使いなのだろうと見て、雨にさえ家族の思いを感じとっている。
語釈・文法注
文法・本文
- 衣手の
- 「名木(なぎ)」にかかる枕詞。
- 間使
- 「まづかひ」。たびたび遣わす使い。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1696〜1698番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 名木川で作った歌三首。
修辞
- 見立て
- 春雨を家の者の使いに見立てる。
- 枕詞
- 1696番の「衣手の」が「名木」にかかる。
解説
雨を家人の使いとする発想が、三首を通して展開されている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、348頁(コマ178)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、395頁(コマ203)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日